ドル円暴落で円高対策に必死の安倍首相、しかしその努力は無駄である

最近のドル円急落がよほど堪えたのか、政府も日銀もかなり慌てふためいているようだが、その必死の努力も、そして日銀の追加緩和も、長期的なドル円の展望を変えることはないだろう。その展望とは、アメリカの金融緩和再開によるドル円暴落、そして日経平均の暴落である。

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ドル円のチャートは現状このようになっているが、当局の反応から見てゆこう。

ドル高を憂慮する当局の関係者たち

先ずは安倍首相や麻生財務相、黒田日銀総裁ら関係者の発言を批評するところから始めよう。ロイターによれば、安倍首相は最近の円相場の動向は「望ましくない」と主張、為替相場には「急激で投機的な動きが見られている」とし、5月下旬のG7伊勢志摩サミットでも為替を議題に取り上げる公算を明らかにした。G7で円高を議題に取り上げて、世界各国で円満にドル円上昇を目指すとでも言うのだろうか。

また、産経によれば、麻生財務相も「一方的で偏った投機的な動きがさらに強まっていることを憂慮している」と延べ、黒田日銀総裁は「今のような円高というのは経済にとって好ましくない」とし、必要があれば追加緩和をすると予告した。人ごとのようだが、ドル安の原因はアメリカだとしても、円高の原因は日銀である。

円高は投機的か?

当局は現在のドル円相場を投機的な動きと言うが、わたしのように2015年から米国経済の減速によるドル高反転をずっと予想してきた投資家にとって、このドル安の動きは極めて自然に見える。

そして円高に関して言えば、円安が止まったのは日銀が弾切れになったせいであり、これは日銀が不用意にもマイナス金利を導入した時から言い続けている。以下は1月の記事である。

この程度の株安で追加緩和を使ってしまった。これが1月29日の日銀の追加緩和を目にした時のわたしの第一印象である。

こうして日銀が勝手に弾切れになり、当然の結果としてドル円や日経平均を買っていた投資家は手仕舞いを始めたわけだが、それを安倍首相や麻生財務相は投機的な動きと呼ぶわけである。

自分に都合の悪い市場の動向を投機と呼んで非難する無意味なコメントは、当局が市場を何も理解していないことを自分で証明するだけであり、現在の円高の原因となっている当局への不信を増幅させるだけなのだが、政治家がこうした市場の機微に気付くことはないだろう。

そもそも日銀の量的緩和でドル円が80円から120円に上昇したのは投機的な動きではなかったのか? それが107円まで戻っただけで投機的な動きなのか?

彼らの発言は無茶苦茶であり、ジム・ロジャーズ氏のいつもの非難の言葉が思い出される。「彼らは学者や官僚であり、何も理解していない。」これはアメリカの中央銀行に向けられた言葉だが、日本の当局は財務省の傀儡であって学者ですらない。素人が経済政策を任されているのである。

円安を良しとしないアメリカ

一方で、日本側のみならず、アメリカ側を見渡してもドル円の状況は芳しくない。

米国政府はこれまで、ルー財務長官の「強いドルは国益」の言葉のもと、ドル高を許容する姿勢を見せていたが、大統領選で保護貿易を主張するドナルド・トランプ氏らが優勢になっていることを受けてか、あるいは米国のGDPが失速しているためか、米国財務省が日本やドイツなどを為替操作の監視リストに放り込んだ。

ドル高を容認していたルー財務長官は、最近の講演で「輸出増を狙った通貨安競争を慎むべき」(毎日)とした上で、円相場については「最近は円高が進んだが、為替市場の動きは秩序的」(日経)と述べ、円高を投機的な動きだとして為替介入を正当化しようとする日本の当局を牽制した。

こう書いたが、別に米国の方に理があるわけではない。量的緩和は米国がサブプライムローン危機後に始めたのであり、日本はその間円高を享受していた。

だが投資家にとって、どちらに理があるかなどはどうでも良い。上記の通り、どちらの国でも政治家は道化なのである。そのような中で投資家が考慮すべきなのは、日本とアメリカの両方が自国通貨の上昇を望まないならば、ではどちらの国に効果的な通貨切り下げの手段が残されているのかという点だけである。

円安かドル安か

この問いに対する答えは明白である。上記の書いた通り、日銀にはもう手段がない。この点については以下の記事で詳述しておいた。

この記事では追加緩和の手段自体は意外と少なくはないことを書いたが、しかしそのなかでマネタリーベースの拡大、あるいは長期金利の低下に効果的なものはほとんどない。国債買い入れの増額は逆効果となる可能性があり、国債以外の資産は国債ほど量を買えないことは論じた通りである。

そしてマイナス金利は効果がない。ゼロだとは言わないが、通常の利下げよりも効果の薄い政策であり、その割に銀行に対するマイナスの影響など、リスクだけが大きい苦肉の策である。ジョージ・ソロス氏も、量的緩和はデフレに効いたが、マイナス金利は効かないと主張していた。

一方で、アメリカは利下げが可能であり、マイナス金利もまだ導入しておらず、そして何より量的緩和を再開することができる。そうなればドル円は80円に逆戻りだろう。

では投資家はドル円を空売りすべきなのか? ドル安に賭けるのであれば、この状況で一番美味しいのは金である。リーマンショック後に米国が量的緩和を行ったためにバブルとなった金相場は、量的緩和の終了と利上げの開始によって暴落したが、量的緩和を再開するとなればどうなるかは、言うまでもないだろう。

米国は量的緩和を再開するのか? その問いに答えるためには、世界経済の長期トレンドを把握する必要がある。量的緩和をもってしてもアメリカ経済が2%の経済成長を実現するのがやっとであるのは何故なのか? それは先進国経済が長期停滞下にあるからである。長期停滞は2016年の相場において最も重要な主題である。