日銀の総括検証は緩和縮小か、量と金利の景気刺激効果の比較

日銀は2016年9月の決定会合で金融政策の総括検証を行い、これまでマネタリーベースを増やす量を調節することで緩和の度合いを操作していたものを、これからは長期金利に目標を定めて国債の買い入れを行うことで緩和を行うという金利操作目標を導入すると発表した。

これを受けて市場はやや困惑している。発表直後には1-2円ほど円安で反応したドル円も、その時の水準から徐々に下落しつつある。

市場が何を困惑しているかと言えば、要するに、この発表は追加緩和であったのか、あるいは緩和縮小であったのかということである。発表直後の記事では以下のように書いた。

発表を読んで市場の当初の反応を見た時にはこれが円安方向に反応すべき政策決定なのかと訝しんだものだが、市場もやはりわたしの疑念に同意する方向で調整しているように思える。国債の買い入れをマネタリーベースを基準に考えるのと金利を基準に考えるのとで、どちらが円安にとって有利に働くかと言えば、市場環境にもよるが従来のやり方ではないかと思う。

しかしこれをもう少し掘り下げて考えてみよう。国債の年間買い入れ額の保証を放棄して、日銀の国債買い入れ額にかかわらず長期金利だけゼロ近辺で推移すればよいとする日銀の決定はテーパリング(緩和縮小)なのだろうか?

量的緩和の本質

そもそも量的緩和とは何であったか。中央銀行による国債買い入れである。国債買い入れが何故金融緩和に繋がったのか? 量的緩和が経済に影響を与える経路は主に以下の2つである。

  • 国債買い入れによる国債価格の上昇、金利の低下
  • 国債買い占めにより投資家を国債市場から追い出し、その資金を社債や不動産、株式、外貨建て資産など他の市場へと溢れさせるポートフォリオ・リバランス

先ず、金利の低下については分かりやすいだろう。国債の金利が低下すれば、住宅ローンなどの金利も低下する。企業が新たな事業を始める際に借金をする場合の金利も低下し、不動産市場の活性化、事業活動の促進に繋がる。

一方でポートフォリオ・リバランスは国債以外の金融市場への影響である。年金や保険会社など、長期国債を主に保有して資産運用していた投資家が、長期金利の低下により国債では十分な利回りが確保できなくなり、よりリスクとリターンの高い社債などの他の資産を買うようになる。そうなれば社債の金利が低下し、今度は社債の投資家が不動産や株式などの市場に押し出されてゆく。このように国債市場から資金がリスク資産へと流入してゆくのが量的緩和のポートフォリオ・リバランス効果である。

量の緩和とポートフォリオ・リバランス

以上のように効果を発揮してきた量的緩和だが、総括検証で日銀が行ったのは、噛み砕いて言えば長期金利がゼロから大幅にマイナス側に寄った低金利では国債の買い入れを行わないという宣言である。ここで問題になるのが、長期金利さえある程度低く抑えていれば日銀の国債買い入れ額が減っても良いのか? ということである。

そこで、先ず「日銀の国債買い入れ額が減少したが、長期金利は変わらなかった場合」を考えてみてもらいたい。その他の条件が同じで、金利が変わらなかったとすれば、例えば住宅ローン金利の低下による不動産市場への好影響などは同じということになるだろう。住宅購入者は同じ金利でローンを借りられるからである。

しかしながら、金利が同じでも日銀の買い入れた国債の額が今回の総括検証によって本来の額よりも減少している場合、本来日銀が買い入れるはずであった国債が一定量市場に残留していることになる。

この一定量の国債は、日銀が買い入れていた場合には現金と交換され、市場に現金として放出されていた分の金額である。国債の保有者は保有していた国債が現金に替えられると、別の運用手段を考える必要がある。したがって現金に変えられた額のうち一定の量は社債や不動産など他の資産の購入資金に充てられ、上記のポートフォリオ・リバランスによる資産価格上昇効果が見込まれていたはずのものである。

無論、国債を売却して生じた現金は現金のまま保有されるケースもあるだろう。しかし重要なのは、それでも市場に大量の資金が供給されるとき、通常そのうち一定量の資金は金融市場に流入するものだということである。これは円安に対する効果についても同じであり、出典は忘れたが、ジョージ・ソロス氏は以前、「大量に刷られた円の一部は外貨建て資産へと流出する」という趣旨の発言をしていた。これがマネタリーベース増額による円安効果である。

結論

したがって、仮に金利が大幅に上昇するような事態にならないとしても、もし総括検証の結果として日銀による国債買い入れ額が減少する場合、ポートフォリオ・リバランス効果の剥落によりドル円や日経平均などにネガティブな影響が現れるだろう。

市場はすぐにはこの事実に気付かないだろうが、今後日銀が買い入れ額を公表してゆく過程で買い入れ額の減少が明らかになれば、こうした問題が徐々に表面化してゆく可能性はある。そうなれば日銀が年間買い入れ額の再保証を市場から催促される可能性もあり、既に満身創痍の日銀には新たな試練となるだろう。