ジョージ・ソロス氏: EUは永久債を発行すべき

最近は政治的な発言しかしない著名投資家ジョージ・ソロス氏の久々の経済に関するコメントである。

基金と永久債

筆者の予想する通り新型コロナウィルスの経済的影響はヨーロッパで非常に大きなものとなりそうであり、EUは経済対策のための1兆ユーロの基金を立ち上げようとしている。

しかし問題はその資金が何処から来るかということである。ソロス氏はその問題について提案があるようで、Project Syndicateへの寄稿のなかで次のように述べている。

基金のためのお金を「永久債」によって賄うことを提案する。永久債とは返済を要求されることはないが、発行者が望む時に償還したり買い戻したりすることのできる債券である。

永久債というのは多くの読者にとって聞き覚えのない単語かもしれない。返済しない債券とはどういうことだろうか? ソロス氏はこう続ける。

EUの義務は金利を払い続けることだけである。1兆ユーロの永久債に0.5%の金利が付くとしてもEU予算への影響はたった50億ユーロである。

つまり、永久債とは返済期限のない無期限債のことである。発行主体は金利を払い続けるか、あるいはお金が必要でなくなれば自分の意志で償還する(お金を返して債券を取り戻す)ことができる。ソロス氏はこの永久債のメリットについてこう強調する。

永久債は財政刺激のための火力を手に入れられる一方で、返済の期限がないためにEUの財政にとって負担になりにくい。

良いことずくめではないか。しかしこの話があまりに馬鹿げた話に見えないようにするためにソロス氏はその効能を控えめに語っている。何故ならば恐らくこの永久債の金利は0.5%にはならない。高い確率でマイナスになるだろう。

つまり、永久債の買い手は永久債を買うことでEUに金利を永久に払い続けるということになる。誰が買うのだろうかと言いたくなるが、それについてはソロス氏が説明してくれている。

EUの発行する永久債はECB(欧州中央銀行)の量的緩和の格好の買い入れ対象になるだろう。期限がないので償還された分の債券をもう一度買い直す手間がかからないのである。

そしてソロス氏はこうした例は昔にもあったことだと説明する。

このような巨額の債務を永久債で賄うことはEUにとって未曾有のこととなるだろうが、過去には様々な政府が永久債に頼ってきた。一番知られている例はナポレオン戦争や第1時世界大戦のために永久債に頼ったイギリス政府だろう。これらの永久債は2015年に償還されるまでロンドンでトレードされていた。

だから何の問題もないということだろうか。

崩壊の危機にあるEU

以下の記事で説明した通りEUは完全に崩壊の瀬戸際にある。新型コロナによって一番影響を受けるのは富裕国より貧困国だが、ヨーロッパには貧しい国が多すぎる。イタリアやギリシャのGDPはコロナショックの前から下落トレンドにあり、スペインやポルトガルもそれに続くことになるだろう。

元々膨大なイタリアやギリシャの債務が更に膨れ上がることは必至であり、それを結局は支払うことになるドイツとの軋轢はこれから数年で恐らく限界を越えて大きくなることになる。

EUには究極的には2つの選択肢しかない。ドイツがイタリアやギリシャの債務を肩代わりするか、ユーロ圏が崩壊するかである。どちらもヨーロッパにとっては破滅的な結果となる。

前者の場合ヨーロッパ内の政治状況は非常に険悪なものとなり、恐らくそれはドイツに我慢の限界が来るまで続くだろう。(つまりは持続不可能だと言っているのである。)一方でユーロ圏が崩壊し各国が自分の通貨を取り戻す場合にはドイツマルクの価値は今の金相場のように暴騰するだろう。そうすればドイツの自動車産業は壊滅的な状態となる。

EUの終焉

EUは完全に詰んでいるのである。しかしそれはリベラル派の政治活動に自己資金のほぼすべてを注ぎ込んでいるソロス氏にとっても危機的状況ということになる。アメリカでは彼が莫大な資金を注ぎ込んだヒラリー・クリントン氏が敗北してトランプ政権となっており、移民政策と国境の撤廃を掲げる彼の味方はもはやEUしか残っていない。

今や政治活動にしか興味がなく、経済や相場にはほとんど口を出さないソロス氏は次のように言う。

EUはウィルスとの一生に一度の戦争に直面しており、状況は人々の命のみならずEU自体の存続さえも脅かしている。加盟国が同じ加盟国に対してさえも国境を守ることにこだわれば、EUが設立された団結の原則が破壊されてしまう。

「人々の命のみならずEU自体の存続さえも」というフレーズからは人命よりもEUが重要だという彼の本音が見え隠れしている。実際にイタリア北部で新型ウィルスの流行が始まったとき、EUの政治家たちは当初「団結の原則」のために国境を閉じることを拒絶した。

それでウィルスは近隣のドイツ、フランス、スイス、オーストリアに広がり、そこからアメリカと日本にも広がって多くの人が亡くなったのだから迷惑な話では済まないだろう。彼らは自分の政治的イデオロギーのために人を殺したのである。ヨーロッパのリベラル派にとって国境撤廃と気候変動対策は一昔前のキリスト教の神のようなもので、「あなたは神を信じますか」ならぬ「あなたは気候変動を信じますか」という言葉でヨーロッパ人に迫られた筆者の経験は一度や二度ではない。新興宗教の勧誘と同じくお引き取り願いたいものである。

度重なる戦争と移民政策で世界を騒がせてきたヨーロッパもその歴史をついに終えようとしている。繰り返しになるが、ヨーロッパ経済は完全に詰んでいる。投資家としてはユーロの下落に賭けながらその様子を傍観してゆくことになるだろう。