世界最大のヘッジファンド: 大英帝国の繁栄と衰退

世界最大のヘッジファンドBridgewaterを運用するレイ・ダリオ氏がLinkedInのブログで基軸通貨の繁栄と衰退について語っている。前回はオランダ海洋帝国とその通貨ギルダーの崩壊が現在の状況に非常に似ていることを紹介した。

そして今度はオランダの次に覇権国家となった大英帝国の物語である。

大英帝国の始まり

話はイギリスが第4次英蘭戦争で以前の覇権国家オランダに勝利したところから始まる。ダリオ氏はこのように書いている。

イギリスがオランダに勝利した後、イギリスとその同盟国(オーストリア、プロイセン、ロシア)は引き続きナポレオン戦争でナポレオン率いるフランスと戦っていた。

そしてイギリスは勝った。オランダ海洋帝国に続いてナポレオンが敗北したことでイギリスの天下が確定したのである。

戦後にはよくあるように、戦勝国(主にイギリス、ロシア、オーストリア、プロイセン)は新たな世界秩序を作るために会議を行なった。これはウィーン会議と呼ばれている。

これが、イギリスが唯一の覇権国となり、イギリスの通貨ポンドが基軸通貨となる大英帝国の100年の始まりとなった。そして世界は繁栄した。

大英帝国の時代の始まりである。

ダリオ氏によれば、戦争の後には長期の平和の期間が続くことが多いという。ダリオ氏は次のように続けている。

これもよくあるように、戦争の時代の後には平和と繁栄の期間(この場合は100年間)が続いた。どの国も覇権国に挑戦したり、上手く機能している世界秩序を壊したりしようとはしなかった。

現代でもアメリカが世界中で戦争行為を行なっても被害者以外は誰も文句を言わない。しかしアメリカが弱ってきた場合、文句を言い始める国が出てくるだろう。ダリオ氏が懸念しているのはそういう戦争の時代なのかもしれない。

大英帝国繁栄の理由

大英帝国に話を戻そう。オランダの記事ではオランダが株式市場と優れた船舶を持っていたことが覇権に繋がったことが説明されていた。

イギリスも最初はオランダの真似から入ったようである。ダリオ氏はこう説明している。

イギリスはグローバルな機会を逃さず非常に裕福で強力になるために、商業活動と軍事力を組み合わせた。例えばイギリス東インド会社はオランダ東インド会社に代わって世界経済でもっとも支配的な商社となり、イギリス東インド会社の軍隊はイギリス政府の常備軍の2倍の規模となった。

ダリオ氏はあっさり書いているが、西洋人以外の人種には何故商社に軍事力が必要なのかまったく分からないだろう。彼らは非常に愉快な人種である。

いずれにしても大英帝国はオランダのやり方をより強力に行うことによって繁栄していった。そして勿論、イギリスがそこまで強力になれたのは単にオランダの真似をしたからではない。

1760年頃、イギリスは製品を生産して豊かになり、生活水準を改善するためのまったく新しい方法を発明した。それは産業革命と呼ばれた。

イギリスで始まった産業革命については説明は不要だろう。機械を使って工場で大量生産をしたり、蒸気機関を使って大規模で効率的な輸送を実現したりしたわけである。「機械ができて仕事がなくなる」などと言われていたことは、「AIができて仕事がなくなる」と言われている今と似ているかもしれない。人は決して学ばないものである。

IT革命がアメリカで生まれたように、ある国が覇権国となるためにはそれなりの理由がある。オランダの場合には株式市場の発明と優れた船舶、イギリスの場合には産業革命だったということである。ダリオ氏はこう結んでいる。

つまり良い教育を受けた人々の集まるこの比較的小さい国は発明と資本主義と優れた船舶とグローバル化を助けるその他の技術、そして優れた軍隊によって大英帝国を作り上げ、その後100年を支配し続けたのである。

イギリスはオランダのやり方をまね、そこに独自の技術革新を付け加えることで覇権国となった。当然ながらロンドンはアムステルダムに変わる金融センターとなった。

それが大英帝国の黄金時代である。しかしオランダの時と同じように、その時代にも終わりは来る。

まず、イギリス発の産業革命に続いて起こったのが第2次産業革命だが、こちらはアメリカのトマス・エジソンに代表されるようにイギリスだけで起こったものではなかった。他国、特にアメリカの国力がイギリスに追いついてきたのである。また、この頃にはイギリスで発明された蒸気機関も多くの国で使われていた。イギリスがオランダを真似たように、イギリスも真似られたのである。

第1次および第2次世界大戦

そして最終的には大英帝国の覇権は2度の世界大戦で崩壊することとなった。イギリスはこの世界大戦を2度とも勝利しているが、戦費と被害が馬鹿にならなかったのである。

ダリオ氏が匂わせているところによると、元々植民地における軍事行動によって金儲けをしたイギリスが世界大戦では儲けられなくなっていたことと、「世界の警察」を自称していたアメリカが海外における軍事行動から手を引き始めていることがパラレルなのだろう。

またアメリカだけではなく、ドイツや日本などの国々もイギリスに追いつきつつあった。第1次世界大戦ではイギリスは勝利したものの、その後のパリ講和会議を主導したのはイギリスではなくアメリカだった。このあたりからイギリスは植民地を完全に押さえつける力を失いつつあり、国力では既にアメリカの後塵を拝していたが、ポンドは基軸通貨として使われたままだった。オランダのケースと同じように、基軸通貨の衰退は国家そのものの衰退よりも遅れるのである。

そして第2次世界大戦を経てアメリカの覇権が公的にも確立されたものとなる。1945年に発効したブレトン・ウッズ協定ではドルを基軸通貨とした固定相場制が採択され、ポンドに代わって公式に世界の基軸通貨となったドルはゴールドとの兌換を維持することとなった。この金本位制はダリオ氏自身も経験したニクソンショックによって1971年に崩壊するのだが、それはまた別の話である。

結論

これがアメリカが覇権国となる前に栄えた大英帝国の繁栄と衰退である。ダリオ氏は言及していなかったが、個人的な感想では世界がグローバル化したことによって世界的に均一な教育が施されるようになった結果、徐々に人口の多い国が優勢になっていったようにも思える。皆が同じような教育を受けているならば、数が多い方が勝つということである。

また、オランダの通貨ギルダーの時と同じように、ポンドの衰退はイギリスの衰退よりも遅れ、第二次世界大戦の後もポンドはある程度使われ続けたのだが、グローバル化した世界における基軸通貨の崩壊はギルダーの時のようにシンプルな取り付け騒ぎとは行かず、もっと複雑で深刻な結果を残すこととなるのである。

オランダ海洋帝国の時と同じように、ダリオ氏の記事のポンドにフォーカスした部分については新しい記事で紹介することとしたい。しかし恐ろしいのは、ポンドの時でさえ世界中の人がポンドを持っていたためにその崩壊が世界的な混乱を生んだとすれば、ドルの時にはどうなってしまうのだろうか。ドルを持っていることがなかなか恐ろしくなる記事である。