債券王ビル・グロス氏がドイツ国債空売りに失敗した理由

2015年の4月末からユーロ圏の債券が軒並み下落したことについては前回の記事で述べたが、そのさなかに話題になったのが、著名債券投資家のビル・グロス氏の「ドイツ国債は一生に一度の売り場」発言である。

この発言は見事に的中し、発言のすぐ後、10年物のドイツ国債の利回りは0.1%から1%まで急上昇(価格は下落)したわけだが、あまりに時期ぴったりに当たりすぎたため、グロス氏自身はポジションを取り損ね、利益を得られなかったようである。彼の所属するジャナスによれば、同期間の彼の運用実績はマイナスとなっている。

わたし自身も、ドイツ国債が利回り0.1%に達したとき、割高だと考えながら空売りに踏み切らなかった一人であるから、彼の考えていたことが良く分かる。これはグロス氏だけでなく、多くの優れた投資家にとって意外なシナリオだったのである。

では、グロス氏はドイツ国債が極端に割高だと考えていたにもかかわらず、実際には空売りに踏み切らなかった理由は何だろうか? 順番に挙げてゆきたい。

空売りのコストとリスク

第一の理由はショートポジションを持ち続けるコストとリスクである。空売りにコストが掛からなければ、割高だと判断した時点で即空売りを考えることができる。しかし一般的に言って、実際には空売りにはコストが掛かる。

債券空売りのコストとは利払いである。株の空売りで売り手が配当分の損を受け容れなければならないように、債券の売り手は金利分の損を受け容れなければならず、そのコストはポジションを長く持てば持つほど増えてゆく。だから債券がいつ下落するのかが読めなければ、空売りは危険なのである。

ドイツ国債の場合、10年物の利回りが0.1%となった時点で、そのコストは極小化されたように見えた。2年物に至ってはマイナス金利で推移しており、これは売り手が利息を得るということであり、コストは限りなく少ないように思われた。事実、グロス氏はCNBCのインタビュー(英語)で「利回りは極めて低く、実質コストなどないのだから」と述べている。

ダブルライン・キャピタルのガンドラック氏などは、金利がマイナス0.2%の2年物をレバレッジ100倍で空売りをすれば利回りは20%だと発言していたが、個人的な意見を挟めば、ドイツ国債については話がこのように単純ではない。ユーロ圏崩壊の可能性がゼロではないからである。

仮にユーロ圏が崩壊した場合、ユーロという通貨そのものが存在しなくなり、ドイツ国債はドイツマルク建てに変換される可能性がある。その場合、債券の売り手が満期時に払わなければならない金額はユーロではなくマルクとなり、単一の債券の売り買いで為替リスクが発生する可能性があるのである。

これはドイツ国債をマイナス金利に突入させた要因の一つでもあり、この傾向は続く可能性があると市場では想定されていた。

量的緩和の影響を過信

一番大きな理由としては、グロス氏だけでなく、投資家が皆ECB(欧州中央銀行)の量的緩和を過信していたことがある。事実、グロス氏のTwitterでの「一生に一度の売り場」発言には次のような但し書きが付けられている。

10年物のドイツ国債は一生の一度の売り場だ。1993年のポンド以上だろう。唯一の問題はタイミングとECBのQEである。

果たしてタイミングはグロス氏にとってもサプライズだった。ECBの量的緩和終了までは少なくともあと1年以上あり、その段階で金利が暴騰し始めるとは、彼を含め多くの投資家が想定していなかったのである。

量的緩和への過信は債券市場に限ったことではない。米国株はFed(連邦準備制度)のバーナンキ元議長がテーパリングに言及するまで上昇し続けた。ユーロ圏の場合、テーパリングどころか緩和延長の可能性もあり、市場が量的緩和に忠実であり続けた場合、ドイツ国債の空売りポジションは数年にわたり含み損を抱え続ける可能性があった。

他にトレードアイディアがあった

第三の理由は、グロス氏の場合これが裏目に出たのだが、他に債券相場をトレードするアイディアがあったということである。ブルームバーグ(英語)によれば、グロス氏は債券市場が比較的穏やかに推移すると想定していたため、米国債のコールとプットの両売り(ストラングルと言う)を行っていた。

グロス氏のポジションは米国の長期金利が6月までに1.7%から2.1%の間に留まれば利益が出るものであった。金利がすぐに上昇すると読んでいれば、こういうポジションにはならなかったはずであり、結局は彼自身の言うようにタイミングの問題であった。

それだけ今回の金利急騰は意外だったのである。そしてそのことは、市場がついに世界的な量的緩和相場の終焉を織り込み始めたことを意味している。

ちなみに、米国の利上げをトレードする方法としては、ここでは保険会社の買いとS&P 500の売りを組み合わせたクロスポジションを紹介してきており、これは現在のところ好調である。

株価指数と保険会社はともに長期金利に反応する。株式は長期金利が低いときに代替資産として買われ、保険会社は金利が高いときには運用益が高くなるからである。したがって、Fedが短期金利を低く押さえる代わりに長期金利を犠牲にしようとしている今のような局面では、S&P 500の売りと保険会社の買いというクロスポジションが上手く働くのである。

投資とは単に単一資産の上げ下げを予想するだけのものではない。複数の取引の組み合わせが一つのトレードとなることもあれば、オプションを駆使して複雑なモデルを創り上げることもある。

グロス氏にとって今回のドイツ国債は失敗だったが、彼は様々な手法を用いてマクロ経済をトレードしてゆく優れた投資家であり、ジャナス・キャピタル移籍後の成功を祈りたい。