サマーズ氏: グローバリゼーションがロシアや中国に攻撃されている

ソ連の崩壊時にソ連共産党書記長を務めたロシアの政治家ミハイル・ゴルバチョフ氏が亡くなったことを受け、アメリカの元財務長官で経済学者のラリー・サマーズ氏がBloombergのインタビューで西側と東側の関係、そしてグローバリゼーションについて語っている。

西側にとってのゴルバチョフ氏

まずサマーズ氏は、ゴルバチョフ氏について次のように語っている。

ミハイル・ゴルバチョフ氏は、歴史的大敗の局面で指導者となり、そのプロセスを多くの人命を損なうことなく実行した歴史的な大人物として記憶されるだろう。

まずこれがアメリカ人から見たゴルバチョフ氏だということを知っておく必要がある。彼らにとってゴルバチョフ氏は、東側の共産主義が敗北し、西側の考え方を受け入れた人である。だからゴルバチョフ氏は西側の政治家には非常に受けが良いが、プーチン氏が葬儀に参列しなかったように、ロシア人にとってはそうでもない。

ベルリンの壁が崩壊したのも彼の時代である。ロシアにとっては敗北の象徴だが、西側の政治家にとっては国家間の交流と貿易の開始点であり、グローバリゼーションの象徴のように見えるのだろう。

グローバリゼーション

だからサマーズ氏はゴルバチョフ氏の話題に続いてグローバリゼーションについて語る。サマーズ氏は次のように述べている。

グローバリゼーションは今や、人々の不評を買っている。

グローバリズムがベルリンの壁崩壊で始まったのだとすれば、反グローバリズムは2016年のイギリスのEU離脱で始まったと言うべきだろう。

当時、ヨーロッパでは大量に発生したシリア難民を受け入れるという名目のもと、実際にはシリア人ですらない大量の中東移民たちがヨーロッパに押し寄せていた。ドイツの政治家などが移民に衣食住を保証したからである。

タダ飯にそそのかされた中東の人々は、そうでなければ自国でずっと暮らしていただろうに、無理をしてヨーロッパに渡ろうとした結果地中海で溺れたり、たどり着いた人々は現地でテロを起こしたり婦女暴行を働いたりした。

更にグローバリズムの象徴である共通通貨ユーロは、為替レートがドイツにとって安く、イタリアなど南欧諸国にとって高すぎる通貨であったため、ドイツの貿易黒字はまたたく間に膨らみ、イタリアなどは莫大な貿易赤字を計上することとなった。

実質的に貧しい南欧諸国から豊かなドイツへと資金が移転されたのである。

反グローバリズムの開始

こうした潮流に最初に異を唱えたのがイギリス人である。彼らは2016年の国民投票でEU離脱を選択した。

全体の潮流に流されず、間違ったものに異を唱えるという日本人に一番足りない勇気を彼らは持っている。

その後、同じ年の11月にアメリカで移民政策に反対したトランプ氏が大統領に当選すると、元々「極右」などと呼ばれていた反グローバリズムが極端でも何でもなかったことが明らかになる。

このように西側諸国で既に起こっていた反グローバリズムは、今年のウクライナ危機によって更に加速することになる。

ウクライナ危機によるグローバリゼーションの逆流

イギリスはEU離脱によってEU諸国と障壁なく貿易できる権利を失った。それを失っても避けるべき問題があったということである。

だがロシアのウクライナ侵攻に対して西側諸国が行った経済制裁で、世界は再び自由貿易を失った。経済制裁とはロシアからものを買うことを禁じたり、ロシアと商取引できなくする政策だからである。

東西の対立が再び高まり、互いに貿易することを避ける風潮が生まれている。既に風前の灯火だったグローバリズムに最後のとどめが刺されようとしている。サマーズ氏はそれを危惧しているようである。彼は次のように述べている。

グローバリゼーションの時代をどう考えるか。世界中の人々の生活の質や、5歳になる前に死亡する子供の数が半分になったことや、字が読める子供の数が倍になったことや、1970年代や80年代に比べ暴力を伴う紛争の数が激減していることや、いまや大人の数より多くのスマートフォンがあり、世界中の大半の人が互いに連絡を取れるようになった事実を考えれば、それは素晴らしいものだと思う。

自由貿易は経済にとってプラスである。それを否定している論者はいないのではないか。にもかかわらず、世界が反グローバリズムの方向に向かってゆくのは何故か。

サマーズ氏はそれは東側諸国のせいだと次のように批判している。

グローバリゼーションは攻撃されている。それはロシアから攻撃されている。ロシアや中国やイランなどに繋がっている権威主義国家の枢軸によって攻撃されている。

だが国際的な繋がりを上手く回してゆくのではなく、それに抵抗しようとする戦略を追求することは非常に間違ったやり方だ。国々が互いを孤立させようとする世界が平和で反映した魅力的な世界に繋がるとは歴史は示していない。

だが本当にそうだろうか。

ウクライナ危機と反グローバリズム

ウクライナに端を発する反グローバリズムで一番深刻な問題は何だろうか。それはロシアに対して生じる問題だろうか。

反グローバリズムで一番影響を受けるのは、グローバリズムで一番利益を受けてきた国である。それは、筆者のような金融家の視点からは、基軸通貨ドルを保有するアメリカだということになる。

通貨は基軸通貨である限り簡単には下落しない。量的緩和を行っても、現金給付を行ってインフレになっても、世界中の人々がドルを決済手段や貯蓄手段として使う限り、ドルを買い支える圧力が存在し続ける。同じ無茶をやった欧州のユーロは既に凋落が始まっている。基軸通貨ではないからである。

だが基軸通貨としてのドルの立場に疑念が生じている。中国やインドやブラジルやハンガリーなどは、ウクライナ危機に際して西側の経済制裁に参加しない道を選んだ。彼らはウクライナ危機について西側のメディアが報じる内容とは違う見方をしているからである。

そもそも何故、西側と東側の衝突がウクライナで起きているのか。ロシアが西側に攻めてきたからか。しかしウクライナはロシア国境沿いである。

ベルリンの壁崩壊以後、ロシアが西側に勢力を伸ばしたのだとすれば、現在の東西衝突はベルリンの壁より西側で起こっていなければおかしい。しかし実際にはロシア国境で起こっている。

だから歴史的事実は西側メディアが報じる内容とはまったく逆である。現在の危機がウクライナで起こっているのは、ベルリンの壁崩壊以降、NATOが東側に勢力を拡大した結果である。だがロシアは文句を言わずにその状況に耐えた。

そして状況はロシア国境まで進展した。アメリカは元々ロシア寄りだったウクライナを西側寄りにするため、2014年にウクライナで生じた暴力デモを支援し、政権転覆を発生させている。

その後ウクライナにはアメリカの外交官ヴィクトリア・ヌーランド氏が人選した政権が起こっている。いわゆるユーロマイダン革命だが、日本でウクライナを支持している人の大半はこの出来事すら知らないのではないか。

だがロシアはこれも耐えた。しかし2022年2月にウクライナのゼレンスキー大統領が核武装をほのめかした時、我慢の限界が来たらしい。

対ロシア経済制裁とドルの信任

これが西側メディアのフィルターを通さずに見たウクライナ危機である。当然ながら中国やインドやブラジルなどは経済制裁には参加しない。だがアメリカはドルを使った経済制裁をちらつかせながら対ロシア制裁に参加しない国を脅して回っている。脅された国々が何を考えるかと言えば、ドルをできるだけ使わないことである。

ドルは原油など国際貿易でアメリカ以外の国々にも使われている。中国やロシアはこれを別の通貨で行う用意を進めている。インドやブラジルなど他の国も含めて、中央銀行の外貨準備のドルの割合も減らしたいと思っているだろう。ドルを使っているとアメリカに脅される可能性があるのだから、当然の選択である。

だからサマーズ氏の言うように中国やロシアがグローバリゼーションを攻撃していると言うよりは、アメリカは自業自得によって他の国から距離を置かれようとしている。

その最大の結果はドルの長期的暴落だろう。基軸通貨でなければ出来ない無茶をこれまで散々行ってきたのだから、ドルが基軸通貨でなくなればすべてが逆転することになる。世界最大のヘッジファンドを運用するレイ・ダリオ氏のシナリオが現実味を帯びてくる。

ドルが基軸通貨の地位を追われるというのは、グローバルマクロの投資家にとっては最大級のイベントである。詳細は以下の記事に書いてあるのでそちらも参考にしてほしい。