サマーズ氏: イギリス新政権のインフレ対策で暴落したポンドは更に下落へ

イギリスにトラス首相率いる新政権が誕生し、発表されたインフレ対策のお陰でイギリスの通貨ポンドが暴落している。この件についてアメリカの元財務長官で経済学者のラリー・サマーズ氏がBloombergのインタビューでコメントしているので取り上げたい。

火に油を注ぐインフレ対策

まずは背景を説明しよう。コロナ対策としてアメリカで行われた現金給付と、化石燃料の生産を強制的に減らす脱炭素政策によって生じた世界的なインフレの最中、各国政府は競うように馬鹿げた経済政策を打ち出している。

その筆頭は、政府によるばら撒きで生じたインフレに対して現金給付や補助金という更なるばら撒きで対応するという、まさに火に油を注ぐやり方を率先して行なっていたフランス政府や日本政府のように思えた。

だがイギリスにその先を行く政権が誕生してしまった。EU離脱を先導したボリス・ジョンソン前首相の後に首相に就任したリズ・トラス氏による新政権である。

アメリカのコロナ対策並みのばら撒き

トラス氏、そして財務相に就任したクワシ・クワーテング氏が何をやらかしたか。日本やフランスを凌ぐインフレ対策のばら撒きである。

彼らの緩和政策は多岐にわたっているのでどれから挙げれば良いのかという感じだが、一番重要なのは間違いなく家計の光熱費に年間2,500ポンド程度の上限を設ける「インフレ対策」である。

その光熱費補填の規模は半年間で600億ポンドに及ぶとクワーテング氏は主張している。600億ポンドと聞いてどれくらいの規模か想像できた読者はよく勉強している人だと思うが、イギリスのGDPが約2兆3,000億ポンドなので、GDPの3%弱の規模の金を半年でばら撒くことになる。

この政策は今後2年間の光熱費に適用されると彼らは言っているので、それを真に受ければ2年でGDPの10%以上のばら撒きということになり、正気の沙汰とは思えないのだが、トラス新政権の経済政策はそれでは終わらない。

彼らはその他に法人税や所得税の減税を主張しており、しかもクワーテング氏は25日に「まだ追加がある」と言っている。これを真に受けるとすれば、GDP比で考えると世界的なインフレを引き起こした2020年以降のアメリカの歴史的な財政緩和に匹敵する財政緩和になりかねない。

ポンド暴落

トラス新政権の政策発表を受け、まずイギリスの金利が高騰した。第一の理由は既に10%近くで推移しているインフレ率が悪化するという見通しであり、そして第二には、市場はイギリスの財政を危ぶんでいるのだろう。

単に金利が上がっているだけならば、債券市場はインフレを客観的に織り込んだだけだと言うことも出来る。しかし市場は明らかにイギリスという国の財政健全性を疑っている。

何故ならばイギリスの通貨ポンドが急落しているからである。以下はポンドドルのチャートである。

ポンドドルは一時1.03まで下落した。金利上昇にもかかわらず通貨が下落したのだから、インフレと金利上昇で高騰しているドルとは対照的な動きということになる。

インフレ対策でばら撒きを行おうとしているイギリス新政権に対してサマーズ氏はどうコメントしているか。彼は淡々と次のように述べている。

これを言うのは大変申し訳ないのだが、イギリスは没落してゆく途上国のように振る舞っているように見える。イギリス市場の反応から伝わってくるのは、新政策への信頼ではなく恐怖だ。

筆者が思い出すのは、大英帝国の時代に基軸通貨だったポンドがその価値を失っていった過程のことである。

何故ドルはインフレと金利上昇で高騰しているのに、ポンドは同じ要因で急落するのか。

それはポンドが基軸通貨ではないからである。ドルは基軸通貨なのでばら撒きが直ちにはドル安に繋がらない。その辺りの詳細は以下の記事で説明している。

だが同じことを基軸通貨を持たないイギリスや日本がやった場合の結末は通貨暴落か金利高騰、あるいはその両方である。日本には前者が降りかかり、イギリスには両方が降り掛かっているようである。

トラス首相は愚かなことをしてしまったようだ。光熱費が高騰している場合にどうすれば良いか、ドイツの政治家はより素晴らしい解決策を知っている。参考にしてみてはどうか。

没落してゆくヨーロッパ

控え目に言って、ヨーロッパは没落しているように見える。脱炭素と現金給付と対ロシア戦争の行き着く先は、風呂に入らずトノサマバッタを食べる生活である。

筆者が繰り返し表明している見解によれば、これは大航海時代から始まった西洋の覇権が衰える最終局面なのである。

それが新型コロナの流行によって決定的になったと筆者は長らく主張してきた。そのメイントレードはスイスフランに対するユーロの空売りなのだが、トラス政権によってイギリスもその仲間入りを果たしたようだ。

トラス氏は前任のジョンソン氏が失脚した後、有権者の投票を受けることなく保守党内部での選出によって首相となった。このプロセスについてロシアのプーチン大統領が次のように述べていた。

この政権交代のプロセスにイギリス国民は参加していない。支配層のエリートが好きなように利害調整した結果だ。

その結果、国民投票でEUの馬鹿げた移民政策から逃れるためにEU離脱を決定したイギリス国民の意志は反映されず、政治家の利害調整の結果馬鹿げた政策を取る政治家がイギリスの政権を握った。トラス氏が選ばれた時から嫌な予感はしていたが案の定である。

ポンドは更に下落へ

ポンドはどうなるか。ポンドの先行きについてもサマーズ氏に聞くのが良いだろう。サマーズ氏は為替介入後のドル円の動きを正しく予想している。

サマーズ氏は「没落してゆく途上国」の通貨ポンドについて次のように述べている。

現在の政策の方向性が維持されるなら、ポンドの為替レートは1ドル以下になっても不思議ではない。

もう一度ポンドドルのチャートを載せておこう。

ポンドもユーロの後を追って没落の仲間入りをするのだろうか。クワーテング財務相は次のように述べている。

国民の所得こそがイギリス経済の原動力だ。

税収を増やし、国民から多くのお金を取り上げることが経済成長の加速に繋がるはずがない。

だそうだ。まあ頑張ってほしい。

それにしてもインフレ発生後、大経済学者ハイエク氏の議論がここまで正確に当たってるのは本当に残念なことである。政治家には馬鹿しかいない。