2016年、日銀に残された追加緩和の手段とその影響を議論する

黒田総裁は表面上平静を保っているが、2015年末より明らかに日銀の金融緩和が市場に効いていない。このことについては以前より報じている通りである。

では日銀はもう効果的な追加緩和が出来ないのか? そうかもしれない。しかし効く効かないにかかわらず、手段が完全に枯渇したわけではない。この記事では可能性のあるあらゆる追加緩和の手段について網羅し、金融市場や経済への影響を考察したい。

追加緩和の手段

可能性のある追加緩和の手段は以下の通りである。

  • マイナス金利の更なる利下げ
  • 国債の買い入れ増額
  • ETFとREITの買い入れ増額
  • 個別株買い入れ
  • 社債買い入れ
  • 外貨、外国債券買い入れ
  • ヘリコプターマネー

並べてみると実はなかなか多いが、効果のほどはどうだろうか。順に批評してゆきたい。

マイナス金利の更なる利下げ

先ず考えられるのはマイナス金利の追加利下げである。しかし、ドル円についての記事でも書いている通り、これについては基本的に忘れて良い。

理由は二つあり、先ずは下限が限られることである。下限はかなり頑張っても-1%までだろう。もう一つは、下げれば下げるほど効果が薄まってゆくことである。マイナス金利が進むほど現金で保有するインセンティブが高まり、マイナス金利の影響を受ける経済主体が減ってゆく。つまり、マイナス金利は通常の利下げよりも効果が薄い政策である。これはこれまで論じてきた通りである。

そもそも日銀は、というよりは黒田総裁の古巣であり実権を握っている財務省は、マイナス金利が実体経済に効くかどうかなど問題にしていない。政府が債務から払わなければならない利払いを減らすためには金利は低ければ低いほど良いのであり、マイナス金利は一種の財産税なのである。これは政府と財務省の共通見解である。

また、ジョージ・ソロス氏もマイナス金利の効果については否定的なコメントを出していた。一方で量的緩和は効いたと言っていたのが印象的であった。わたしもこの見方に同意している。

国債の買い入れ増額

では、効果のある量的緩和を拡大すればどうなのかと言えば、量的緩和は確かにデフレに効いたのだが、買い入れ額の増額はむしろ効果を薄める可能性がある。

現状でも日銀はかなりの規模の国債買い入れを行っており、国債残高には限りがある。これ以上買い入れ額を増やすことは勿論可能なのだが、そうしてしまえばその分早くすべての国債を買い入れてしまうことになり、国債買い入れ終了を宣言しなければならなくなるだろう。これは実効のほどはさておき、市場に対して明らかな緩和限界の宣言となってしまう。

現在、国債の残高は約800兆円であり、その内350兆円以上が既に日銀に保有されている。今後の国債発行額にもよるが、このまま行けば10年足らずで国債がすべて日銀に買われる計算であり、それまでに量的緩和を終了できるかどうかと言えば、個人的には悲観している。

そして、もしそれが悲観過ぎたとしても、これ以上買い入れの速度を早めれば、望まない時期に量的緩和を終了しなければならなくなるリスクが高まる。したがって、結論としては国債買い入れの増額は可能だが、それはむしろ緩和の寿命を縮めることになるだろう。

ETFとREITの買い入れ増額

では他の資産クラスではどうか? 株式市場や不動産市場に更に資金をばら撒くということは勿論可能だろう。ETFの保有残高は現在8兆円弱、REITは3,000億円程度となっており、このまま進めば、日銀が国債をすべて買い入れる頃には15兆から20兆円程度の保有残高となっているはずである。

これを高リスクと考えるかどうかだが、もしこれが半値になったとしても、10兆円の損となるのであって、国債発行残高800兆円に比較すれば微々たるものであるかもしれない。この時点で日本の財政は狂っているが、しかし現状は現状である。

ちなみにわたしの相場観では、日銀が株式をすべて買い入れるのでもない限り、株式市場における量的緩和バブル崩壊は避けることが出来ない。黒田総裁がどう考えているかは知らないが、株式買い入れは損失受け入れと同義と見るべきだろう。

したがってETFやREITの買い入れ増額は、国債買い入れ増額よりも可能性があり、しかも短中期的にはマイナス金利などより市場に対して有効であるかもしれない。財務省は政府債務が増える可能性のあるこの選択肢を嫌っているだろうが、消費増税の強行と引き換えに財務省と安倍首相が取引をする可能性はある。

もしこの手段が政治的に可能であるとすれば、わたしならばこの選択肢を市場暴落などの場合に取っておくが、黒田総裁は市場の空気が読めないらしいので早々と使ってしまうかもしれない。以下はマイナス金利導入時のわたしのコメントである。

この程度の株安で追加緩和を使ってしまった。これが1月29日の日銀の追加緩和を目にした時のわたしの第一印象である。

個別株買い入れ

その他、株式に関して可能な選択肢は個別株の買い入れであるが、株式買い入れについては内容よりも総額が重要なのであり、ETF買い入れに対して個別株買い入れが有効かと言えば、そうではないだろう。次に行こう。

社債買い入れ

社債の買い入れはユーロ圏では既に行われている。日本ではどうかと聞かれれば、政治的に可能性が低い選択肢であると答えるだろう。

先ず第一に、財務省がマネタイズしたいのは国債であって、彼らにとって社債などはどうでもいい。そして株価第一の安倍首相にとっても、国民から注目されない社債市場などはどうでもいいものだろう。よってこの選択肢は政治的にインセンティブがない。

ユーロ圏では国によって金利にばらつきがあり、失業率にも改善余地があるので、企業が借り入れを増やして労働者を雇い、賃金を支払って経済が上向くというシナリオがあるのだが、日本は既に完全雇用である。もう改善余地がないのであり、本当に日本経済は崖っぷちである。

外貨、外国債券買い入れ

さて、次は恐らくどの追加緩和よりも効果のある劇薬である。つまりは、日銀が円を発行してそれを売り、外貨あるいは外国の債券を買うということである。いわゆる為替介入である。

読者には周知の通り、アベノミクスの効果の大半は円安による輸出改善である。マイナス金利導入後に急激に円高になったように、日銀による他の追加緩和は為替市場に相手にされていないが、もし日本政府が継続的に為替介入すると言い始めれば、流石に為替相場も円安に動くはずである。

この選択肢は国際政治学的にほとんど有り得ない。あからさまな通貨切り下げ政策であり、周辺国すべてに凄まじい批判をされるだろう。2016年前半の急激な円高に対しても、米国は日本に為替介入をしないよう釘を差している。

万一この可能性があり得るとすれば、恐らくは何処かの国で国債の下落が問題となり、日本に国債を買い入れてほしいというインセンティブが発生している場合などではないか。ほとんど有り得ない可能性ではあるが、念頭には置いておこう。

ヘリコプターマネー

最後の項目はヘリコプターマネーである。つまりは、日銀が通貨を発行して、それをそのまま国民にばら撒くということである。

最近ではECB(欧州中央銀行)のドラギ総裁がヘリコプターマネーを「興味深い手段」と表現して話題になったが、量的緩和とマイナス金利が十分な緩和とならない場合、次の選択肢はヘリコプターマネーであるかもしれない。

しかしながら、ヘリコプターマネーと言えば究極の緩和手段のように聞こえるが、その実態は日銀の財政ファイナンス付き地域振興券あるいはベーシックインカムということであり、日本政府がばら撒きを実行して、その分の国債を日銀が買い上げるということと効果は同様である。

先ず何より言いたいのは、そうしたばら撒きをするくらいなのであれば、先ずは消費増税を止めることである。経済効果は同じか、むしろ高いくらいだと思われる。

消費増税と法人税減税という財政政策は、何度も言うように財務省と経団連の利害調整の結果である。そして経済的に効果のある政策は、そのまったく逆であることを以下の記事で説明しておいた。

消費税を仮にゼロにしたとすれば、元々弱々しい消費を益々弱らせるような政策が消え去るだけの成果はあるだろうが、それでも日本経済の未来は明るくはない。何故ならば、減税と同じ効果を持つ原油安が消費を回復させなかったからである。

2015年は原油安の年となったが、日本でも米国でも消費は対して回復しなかった。ジョージ・ソロス氏はこの現象をアメリカ経済が弱いサインだと受け取り、米国株の空売りを開始した。

個人的な見解では、原油安の効果がなかったのではない。原油安の効果をプラスしても大した需要にならなかったのであり、原油が底を打ちつつある今、原油安の効果まで剥がれ落ちれば経済はどうなってゆくのか? この見方は市場でもまだほとんど共有されていないが、わたしはこれを理由に今後の世界経済に非常に悲観的である。

結論

追加緩和としては、市場に有効である可能性のある手段は株式買い入れ拡大と為替介入であり、前者は無駄撃ちできず、実体経済に直接働きかけるわけではない追加緩和、後者は国際政治的にほとんど不可能な政策ということになる。

やはり、今後の焦点はヘリコプターマネーと、あとはラリー・サマーズ氏が言うように財政出動、この二つが実体経済にどう作用するかである。

いずれにせよ世界経済は窮地にあり、その中でも日本経済は一番危うい立場にある。市場は楽観ムードに戻りつつあるが、いつまで持つだろうか? 市場の楽観に度が過ぎるようであれば空売りを入れてゆくことも考えている。今後の動向を注視しながら投資を続けてゆこう。