アイカーン氏: インフレ低下は大した意味を持たず株価下落は継続へ

物言う投資家として有名なIcahn Enterprisesのカール・アイカーン氏がCNBCのインタビューで最近の株価反発についてコメントしている。

アイカーン氏の相場観

アイカーン氏は基本的には買い専門である。見込みのある企業の株式を買い占め、経営陣を送り込んで経営を改善し、株価の価値を上げてから売却する。

だが経済全体のマクロな状況も見ることのできるアイカーン氏は今年の弱気相場を見越して指数を空売りし、相場全体の下落に影響されないようにしてきた。

一方で最近発表された10月のインフレ率が急減速していたことを受けて株価はここ数日反発している。

米国株のチャートを掲載しよう。

こうした動きはアイカーン氏の相場観を変えただろうか? 彼は次のように言っている。

わたしはここ1年半か2年ほど株式市場に弱気だが、われわれのポートフォリオはヘッジしたままだ。

今後の見通しに対しては依然としてかなり弱気である。

アイカーン氏は筆者の同じ意見のようである。

彼は次のように続けている。

最近の株価反発は控え目に言っても劇的だが、弱気相場にはよくあることだ。そして今もまだ弱気相場だと思う。

株価の動きは確かに劇的でエキサイティングだが、それが現在経済が抱える問題に対するわたしの意見を大して変えることはない。

経験を積んだ投資家は短期的な株価の動きに左右されることはない。そうしたものは大した意味を持たないと長い経験から学んでいるからである。

今後の金利動向

だがCNBCのインタビュワーは市場の喜びようとは真逆のアイカーン氏の態度が不可解だったらしい。何故それほど弱気なのかとアイカーン氏に聞いている。彼はこう答えている。

金利が上がっているからだ。金利はかなり顕著に上がった。長短金利は逆転している。比較的短期の国債の金利は5%に近い水準になっている。

そしてこれから景気後退になる。わたしは既に景気後退入りしていると考えている。

問題は金利であり、金利の動向はインフレ率の動向で決まる。

しかしインフレ率というのは今月や来月のインフレ率のことではない。直近のインフレ率が減速するということは筆者も数ヶ月前から予想し、先月からゴールドの買いポジションを立てて対策してきた。

だが本当の問題は来年1年間のインフレ率がどうなるかということである。そして興味深いことに、来年の末までに政策金利がどれだけ高い水準に達しているか(いわゆるターミナルレート)の金利先物市場の予想値は、5.25%付近とインフレ率発表後もほとんど変わっていない。

つまり株式市場の短期的な期待とは裏腹に、結局金利は5%以上まで上がると債券市場は見ている。債券市場は常に株式市場より理性的である。

株式市場に弱気の理由

アイカーン氏は最近の株価反発を大量に積み上がった空売りの買い戻しと見ているらしい。そしてそうした動きを株式市場全体から見れば少額の資金が動いているに過ぎないと切り捨てる。

更にアイカーン氏の口からは弱気材料が山のように出てくる。彼は次のように述べている。

更に多くの企業の決算を見ていると、それらはかなり酷い。

株が安くなっている企業も多くある。ハイテク株ではなくバリュー株のことだが、こうした株を安い内に持っていれば長期的には利益になるだろう。だが更に下落するのが先だ。

ハイテク株は予想以上に悪い決算シーズンを経て総崩れの状態である。読者は筆者が4月の記事で以下のように書いておいたことを覚えているだろうか。

これから市場も経済も酷いことになる。株式に関してはここの読者はもう逃げているだろうから、何も問題はないだろうが。

この論調は当時既にかなり下がっていたハイテク株に向けられていた。既に起こっていた大幅下落の後の記事としては弱気過ぎるように聞こえたかもしれない。

だが今となっては4月の水準などまだ何も始まっていなかったに等しいことが分かる。そしてまだインフレによる企業利益減少は今なお始まったばかりなのである。

インフレは根強く残る

これだけでも十分に弱気材料が説明されたが、アイカーン氏の主張はまだ続く。以下はインフレに関するコメントである。

インフレが近い将来に消え去るとは思えない。景気後退は更に深刻になり、企業利益は更に減少するだろう。それが理由だ。

市場はインフレを甘く見ているという論調が多くの専門家から聞かれる。Fed(連邦準備制度)がインフレ退治をやり切ることが出来るのかを疑う声もある。

また、アイカーン氏が特に懸念しているのはやはり賃金インフレである。彼は次のように述べている。

賃金インフレも更に上がるだろう。多くの人が働きたくない。

歳を取った人が引退すれば労働者の数が補填されなければならない。

賃金インフレは賃金を費用とするすべての業種に影響を与え、しかも金融政策の影響を受けにくい。賃金インフレを抑えることの過酷さは、それを実体験したポール・ボルカー氏が語ってくれている。

数ヶ月前の予想通り、短期的にはインフレ率は下がるだろう。問題は何処まで下がるかである。その目安となる数字はインフレデータの記事で説明している。

金融引き締めの効果

アイカーン氏の弱気材料は終わるところを知らない。市場はインフレが減速して喜んでいるが、それは経済が弱まったということである。アイカーン氏は次のように述べる。

アメリカの家計の純資産の中央値は100,000ドル程度だろうが、それも危うい。中央値以上の資産を持つ家計にしても、住宅価格が下がっており、株価も下がっている。

住宅バブルが収まりかけていることも市場にとっては好材料のように認識されているが、それは保有者にとっては資産価格が下落したということである。

それは株式も同じである。以下の論説を思い出してほしい。

量的緩和の本質が資産価格を上昇させてデフレと戦うことであったならば、インフレと戦うためには資産価格の低下が必須条件だということになる。

そして懐が痛んでいる(あるいはインフレ沈静化のためにこれから痛むことが必須となっている)のは家計だけではない。企業も同じである。

アイカーン氏は次のように言う。

企業はより大きな負債を抱えている。多くの企業がここ1年で借金を増やして自社株買いをした。未だにそうしているところもある。そしてそれは危険だ。返さなければならないお金が重荷になっている。

ゼロ金利ならば借金総額が増えても重荷にならなかっただろうが、残念ながら金利は大きく上がっている。

ボルカー氏によるインフレ退治以来、40年間下がり続けてきた低金利によって積み上げられた借金がすべて債務者に牙をむこうとしている。

これまで利払いのなかった莫大な債務の山のすべてに4%以上の金利が付いている。その意味を理解できるかどうかが、投資家の来年のリターンを決めるだろう。