ユーロ圏がドイツの植民地だと一目で分かる各加盟国の貿易収支比較

ユーロ圏は崩壊寸前である。2010年には欧州債務危機が起こり、南欧諸国の財政は破綻の危機に瀕した。ユーロ圏の失業率はいまだ10%近い水準であり、イタリアやフランスにはユーロ圏やEUからの離脱の兆候が見られる。

しかし何故ユーロ圏はこれほどに混乱しているのか? 移民問題などの理由もあるが、経済的な混乱の原因は、一つの経済指標を調べれば非常に端的に理解できる。それはユーロ加盟国の貿易収支である。

為替レートと貿易収支

ここの読者にはお馴染みの話となるが、先ずは為替レートと貿易収支にどういう関係があるのかから説明したい。

アベノミクスが量的緩和で紙幣を印刷し、日本円の価値を意図的に引き下げたのは、通貨安になれば国内の輸出企業にとって利益となるからである。自国の通貨が安ければ、自国通貨建てでは同じ値段の輸出品であったとしても、外国の買い手から見れば安くなるため、輸出品が売れやすくなるわけである。

では、ユーロ圏の場合にはこの理屈はどう作用しているか? ユーロは元々別の通貨を使っていた複数の国がその通貨を統一したものである。元々、ドイツにはマルク、フランスにはフラン、イタリアにはリラという通貨があったが、これがすべてユーロという一つの通貨に統一されたのである。

ユーロ採用以前にはそれぞれの通貨がそれぞれの通貨に対して為替レートを変動させていた。イタリアの輸出が振るわない場合、景気刺激のために金融緩和をすれば、イタリアのリラはドイツのマルクに対して下落し、イタリアの輸出業は通貨安による一時的な底上げを得ることが出来た。変動通貨制においてはその国の産業の好調不調に対してこのように自動の調整機能が働くのである。

しかし、いまやヨーロッパの大部分はユーロを採用した。つまり、複数の国が一つの為替レートを使用していることになるわけだが、ではその一つの為替レートはどのように決まっているのか?

それは、非常に大まかに例えとして言えば、すべての加盟国の為替レートの平均となる。ユーロ圏内で豊かな国は先ずドイツであり、輸出で外貨を稼ぎ、金融緩和も南欧諸国ほど必要としないドイツのマルクは強かった。一方で、ドイツ経済より弱く、失業率がドイツほど低くないイタリアのリラは、一般論で言えばマルクより弱い通貨であった。それがユーロという一つの通貨に統一されるのだから、ユーロの為替レートはある意味その間を取ったものになるわけである。

矛盾をはらんだ共通通貨ユーロ

この「平均的な」ユーロこそが問題の元凶であった。大国ドイツが入ったユーロという通貨は、当然イタリアのリラよりも高くなった。結果、イタリアの輸出は振るわず、ユーロ圏加盟前にはGDP比で5%近くあったイタリアの貿易黒字は、1998年のユーロへの段階的移行を境に瞬く間に減少してゆき、ついには貿易赤字の状態まで転落してゆく。

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その悪化は10年以上続き、ようやく改善されたのは2010年に欧州債務危機が表出してECB(欧州中央銀行)が事後的に対策に乗り出してからである。それまでの間にイタリアの債務は膨れ上がり、経済は瀕死の状態まで追い込まれてしまった。

輸出が振るわないということは、外貨を稼ぐことが出来ないということである。マクロ経済学上、稼いだ外貨は政府と民間で分け合う(つまり輸出の利益は税金と企業利益に分割される)ことになるため、外貨を稼ぐことが出来なければ、輸出企業の利益が減少するだけでなく、税金を得られない政府の財政も急激に悪化してゆくことになる。これこそが欧州債務危機の真実なのである。

他国の状況

「高すぎるユーロ」の犠牲となったのはイタリアだけではない。スペインの貿易収支も1998年辺りを境に同じような下落トレンドを辿っている。その悪化速度はもはや見事なほどである。

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ユーロ圏で一番状態の悪いギリシャの貿易赤字は一時GDPの10%を超えるところまで悪化した。

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ニュースになったギリシャの債務危機は、高すぎるユーロのために外貨が稼げなくなったことが理由であり、南欧諸国の財政が悪化してゆく理由はこうしたグラフを眺めれば素人でも分かるものだったにもかかわらず、明らかに必要とされていた金融緩和をドイツが自分に必要がないからという理由で頑なに拒否し続けたために起こった悲劇である。

それでもドイツ人はギリシャ人を怠惰だと罵り続けた。しかし経済学の知識のある人々は全員、その原因がユーロにあると知っていた。

因みに興味深いことに、こうした貿易収支の悪化を経験しているのは南欧諸国だけではない。以下はユーロ圏で二番目に大きいフランス経済の貿易収支である。

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天秤の反対側

さて、加盟国の通貨レートの「平均」であるユーロがこうした国々にとって高すぎるということは、その天秤の反対側にはユーロが自国にとって安すぎる状態となっている国があるはずである。そしてその国の貿易収支は、上記の国々の貿易収支が悪化した分、凄まじい改善を見せているはずである。

その国はドイツである。以下はドイツの貿易収支のチャートである。もう笑うしか無いだろう。

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これがドイツ人が他のユーロ加盟国の犠牲をもとに稼いだ外貨の総量である。GDPの7%分にも達している。ドイツ人はこれらの外貨を自分の政府の財政状態の改善のために使い、その結果実現したドイツの財政黒字をドイツ人が勤勉である証拠だと誇っている。そしてイタリア人やギリシャ人を怠惰だと馬鹿にしているのである。

結論

しかし他国人はそうは見ていない。こうしたユーロ圏の狂気を知っていたイギリス人は2016年に何を決断したのだったか? イギリスのEU離脱を主導したジョンソン外相の言葉をもう一度眺めたい。

EUの悲惨な失敗は加盟国間の緊張をもたらし、そしてドイツにヨーロッパにおける過大な権力を与え、彼らがイタリア経済を乗っ取り、ギリシャを破壊することを許す結果となった。

イタリア人はかつて優れた自動車製造業を誇っていたが、これはユーロによって完全に破壊されてしまった。ドイツ人が望んだ通りにである。

ユーロはドイツの生産力がユーロ圏の他の地域に対して不可侵の優位性を得るための道具となってしまった。これはわれわれイギリス人にとって、節度と常識の声としてヨーロッパの救世主となり、目の前で繰り広げられる無秩序を止めるためのチャンスなのだ。

このように、経済的に完全にドイツの植民地となったヨーロッパの現状を詳細に理解しながら、イタリア人とフランス人が2017年にどういう政治的決断を行うのかについてもう一度思いを巡らせてみたい。ル・ペン氏の言葉通り、EUは既に死んでいるのである。