ドラッケンミラー氏: 金融緩和こそがデフレの元凶

ジョージ・ソロス氏のクォンタム・ファンドを率い、1992年のポンド危機においてポンド空売りで大儲けしたことで有名な投資家スタンレー・ドラッケンミラー氏が面白いことを言っている。デフレ脱却のために行なっているはずの金融緩和こそがデフレの原因だと言うのである。多くの現代人にとって逆説的に聞こえるこの主張だが、その理由を聞いて筆者は納得してしまった。リフレ論者も緊縮派の人々も耳を傾ける価値のある論理なので、ここに紹介したい。

デフレはどうして起こったか

以下はCNBCによるインタビュー(その1その2)におけるドラッケンミラー氏の発言である。彼はこのように切り出している。

デフレを作り出そうと思えば、資産バブルを作り出せばいい。もしわたしが金融の世界の「ダースベーダー」で、デフレを生み出して経済を停滞させるような酷いことをしようと思ったとすれば、中央銀行が今まさにやっていることを実行するだろう。

繰り返しになるが、これは多くの現代人にとって逆説的に聞こえるだろう。中央銀行は停滞した経済を支えデフレから脱却するためにゼロ金利政策や量的緩和などの金融緩和を行なってきたはずだからである。しかしドラッケンミラー氏によればそれは逆で、中央銀行の金融緩和こそがデフレの原因だと彼は主張しているのである。

それはどういうことか? ドラッケンミラー氏は以下のように説明する。

ゼロ金利政策の結果は重大である。金融緩和は市場を歪め、その結果わたしが「経済資源の誤配置」と呼ぶものが生じてしまった。

すべての資産価格が一方的に上がるだけになれば、市場原理に大きな歪みが生まれてしまう。そしてそのすべては「2%のインフレターゲット」の名の下に行われる。そしてその結果、資金が価値のないプロジェクトへと振り分けられる「資源の誤配置」が発生し、それは長期的には成長を大きく阻害してしまう。

お分かりだろうか? もう少しわかり易く説明するために、ドラッケンミラー氏は例を挙げている。

例を挙げよう。先週、シュタインホフという会社が不正会計でニュースに出た。南アフリカの会社で、幸いにもわたしは事前に空売りを行うことが出来た。この会社は詐欺だという噂があったからだ。

この会社は詐欺だったが、多くの資金を借り入れることでアメリカの著名マットレスメーカーなどを買収している。しかし、どうしてこのような会社が買収資金を借り入れによって用意出来たのか? それはまさに、ECB(欧州中央銀行)がシュタインホフの社債を量的緩和の一貫として購入していたからだ。金融業界の半分はこの会社が詐欺でいずれ倒産すると知っていたのにだ。

そして不正会計が明るみに出て、シュタインホフの株式と社債が暴落した後、ドラギ総裁はこう言った。「心配する必要はない、ECBはポートフォリオ全体では利益を出している」。

しかし論点はECBが損失を出したかどうかではない。本当の問題は、何故彼らがこんな詐欺のような企業やその他のゾンビ企業を生かしておくのかということだ。それはまさに日本が20年間も続けたことだ。そしてそれは長期的な成長を阻害する。シュタインホフのような企業は資金の借り入れによって生きながらえるべきではなく、破綻させてしまうべきなのだ。

読者はどう思われただろうか? 近代の世界経済の歴史を知っている人間がこの話を聞いて思い出すのは、共産主義の失敗である。共産主義は価値のある労働にも価値のない労働にも等しい報酬を与えたことによって失敗した。

そして今、中央銀行の主導する資本主義経済は、皮肉なことに価値のあるプロジェクトにも価値のないプロジェクトにも等しく生きる権利を与えている。その結果は、限られた労働資源と天然資源を浪費して、消費者にとって不必要なものを大量に作ることとなるだろう。それで経済成長が阻害されないということが有り得るだろうか?

結論

ここで読者に思い出してほしいのは、金融緩和によって金利を下げ、失業がなくなるほどに企業が生産能力を上げても消費が増えない現状である。消費が増えないから売上も増えず、結果として賃金も上がらない。

これはまさに、資金は中央銀行がいくらでも供給してくれているから企業は労働者を雇用して生産能力は増やすが、一方で消費者が望むようなものが生産されていないために出来上がった商品が売れていないということではないのか? これはまさに、ドラッケンミラー氏が言う「金融緩和が生んだ資源の誤配置」ではないのだろうか?

これらすべては、「インフレは善」という考えから始まったものである。しかし、物価が高いことがそもそもどうしてプラスに解釈されるのだろうか? 良いものが安価で手に入ることは良いことではないのか?

ドラッケンミラー氏は、こうした状況の原因となった中央銀行のインフレターゲットについてこう語っている。

2%のインフレターゲットは、経済学の教授たちが作り上げた宗教のようなものになってしまった。

つまり、ドラッケンミラー氏はインフレターゲットの必要性など根拠のないものだと言っているのである。この考えが正しいとすると、以下の記事で指摘したものも含めて、残念ながら安倍政権の政策にマクロ経済学的に正しいものは一つもなくなってしまう。消費増税ではなく消費税撤廃が必要であり、公共事業より減税が必要であり、そしてデフレは善ということになるからである。

リフレ派の方々も、緊縮派の方々も、今一度インフレの本当の意味を考えてみるべきではないか。これはわたしが日々世界の金融市場をトレードしていても感じることだが、現代のいわゆる「主流派」のマクロ経済学の理論は、もしかしたら完全に間違っているかもしれないのである。