ロスチャイルド卿: 今はリスクを取る時ではない、株価は量的緩和で底上げされている

トルコなどの新興国危機で金融市場がやや荒れる中、ロンドン・ロスチャイルド家の当主であるジェイコブ・ロスチャイルド氏が、自身の運営するRIT Capital (LSE:RCP)の中間期レポートで自分の相場観を語っているので紹介したい。

ジェイコブ・ロスチャイルド氏

ロンドン・ロスチャイルド家の当主であるロスチャイルド氏はRIT Capitalを運用し、長年手堅いパフォーマンスを上げている。ちなみにRIT Capitalはロンドン証券取引所に上場しているので、日本の個人投資家でも投資をすることが可能である。

実質的にヘッジファンドのような形態の企業で個人投資家も投資が出来る企業は、実は少なくはない。ウォーレン・バフェット氏のBerkshire Hathawayやデイヴィッド・アインホーン氏のGreenlight Capitalなどがそれにあたるが、ロスチャイルド氏のRIT Capitalはそうしたいわば「上場型ヘッジファンド」の中で筆者の一番のお薦めである。

さて、話をロスチャイルド氏の相場観に戻そう。彼は先ず世界経済の好景気を強調している。

世界的には多くの国が2008年の金融危機以後初めての水準の経済成長を享受している。昨年は120もの国々で成長率の上昇した。

特に先進国と産業界が上手くいっており、アメリカでは完全雇用が達成され、2%の経済成長があり、今年の第二四半期では企業利益の成長率が20%を超えている。中国やインドなどのアジアの新興国の成長率も6.5%程度の強い数字となる予定である。

ここまではJPモルガンのジェイミー・ダイモン氏のコメントに似ている。そして世界経済が好調だというのは事実であり、わたしもそれを否定しない。

しかし問題は、好景気が必ずしも株高に繋がらないということである。経済が良い状態だと手放しで褒めたロスチャイルド氏は、ではどう投資をするかという点になると慎重な姿勢を強調した。

しかしながら、今はよりリスクを取る時期ではないと信じている。株価は低金利と量的緩和によって底上げされ、歴史的水準と比べて既に高いが、金融緩和は終わりを迎えようとしている。

金利上昇と、世界からドルの流動性を引き揚げているアメリカの金融政策のため、新興国市場の問題は今後も続く可能性が高い。その影響はトルコやアルゼンチンの通過暴落に既に現れている。

トルコの問題についてはここでも報じている。アルゼンチンについては報じていないが、アメリカの金融引き締めで似たような状況になっている。

何故、経済の調子が良いにもかかわらず株価が上がらないと言えるのか? それはこれまで市場を支えていた金融緩和が、経済の調子が良いと金融引き締めに転換するからである。

2008年以降、経済成長率が低迷した時期においても、株価は一本調子で上昇してきた。それはつまり、低成長と金融緩和の組み合わせで金融緩和が勝ったということである。では、高成長と金融引き締めの組み合わせではどちらが勝つだろうか? 筆者はこのことについて、ここ最近ずっと語っているのである。

また、ロスチャイルド氏は他のリスク要因についても挙げている。

ユーロ圏が直面している問題は、政治的にも経済的にも懸念事項である。ユーロ圏ではいくつかの国で負債が破壊的水準にまで達している。貿易戦争の危険性が高まり、その影響は既に上海総合指数が1月の高値から22%も下落したことに表れている。

では、その中で彼はどのように投資をするのか? 彼は次のように述べている。

こうした状況の中で、われわれは上場株への投資を減らし、注意深く他の投資先を探すことで対応するつもりである。株式も銘柄を選別し、特別な技術を持った才能ある投資マネージャーを通して投資を行うことで利益を狙う機会のあることは間違いない。

因みに6月末のポートフォリオでは、上場株への投資は資産全体の56.8%となっている。期間中の平均値は47%だったらしい。彼は株式に強気の時期には70%程度を株式に振り分けるので、これは彼にとって「リスクオフ」モードということである。

それでもRIT Capitalは株式への長期投資のメリットを信じるファンドであり、本来のヘッジファンドのように積極的な空売りなどは行わない。この点については以下の記事に書いている。

RIT Capitalはヘッジファンドというよりは、あくまで投資信託なのである。ロスチャイルド氏はロスチャイルド家の中ではリスクを取る人物として有名だが、それでもソロス氏などの本格的ヘッジファンドのような投資形態ではなく、市場が下げる時には資産の目減りを許容するが、長期的に市場全体よりも良いパフォーマンスを上げることを目指すファンドということになる。

この点でもRIT Capitalは個人投資家が長期保有するに適した投資対象と言える。特に、今後市場が荒れることが予想される時期には、もしインデックスファンドを持っている読者があれば、乗り換えの対象として検討に値するだろう。(英国株はポンド建てなので、為替ヘッジが必要である。)タイプとしてはバフェット氏のBirkshire Hathawayに似ていると言えるが、投資の手腕については個人的にはバフェット氏よりもロスチャイルド氏を信用している。

さて、では最後にロスチャイルド氏が株式市場全体に代わり目を向けている投資対象について書いて終わりとしたい。彼は次のように声明文を締めくくっている。

われわれはアジア経済、特に中国経済の潜在能力と、そしてテクノロジー業界のイノベーションに意識を向けている。

先ず、テクノロジー業界というのは、テクノロジー企業への個別投資のことだろう。RIT CapitalはクラウドストレージのDropboxに上場前から投資しており、IPOで利益を得ている。こうした投資先を他にも持っているのだろう。

「新興国市場の問題は続く」とした上で中国経済の潜在能力に期待しているというのは一見矛盾のようにも見えるが、恐らくは金融引き締めの影響をヘッジした上で投資を行うか、市場全体のリスクに影響されないような個別案件に投資をするか、その両方ということだろう。

ロスチャイルド氏はどうやら中国経済にご執心のようである。これは筆者や、元クォンタム・ファンドのドラッケンミラー氏の見解とは異なる。

ロスチャイルド氏のことだから、ヘッジはしっかりやっているのだろう。しかし世界市場全体の下落のなかで新興国経済の高成長率に賭けるというのは、リーマンショック時におけるジョージ・ソロス氏の失敗が想起されなくはない。彼は2008年にも利益を上げたが、数少ない失敗が新興国への投資だった。彼は著書「ソロスは警告する 2009」で次のように書いている。

一つだけ間違えたことがあり、そのために私は痛手をこうむることになった。

その間違いとは、新興国経済の好況が、先進国経済のパフォーマンスとは関係なく続くという、いわゆる「デカップリング」説を信じたことである。実際には発展途上国の経済は先進国のそれと密接に関係しており、インド株、中国株は、アメリカ株、欧州株よりもはるかにひどい成績だった。

わたしはインド投資の残高を2007年から減らしていなかったせいで、2008年のインド株の暴落により、前の年に儲けた分をすべて失い、さらに損を重ねることになった。

ロスチャイルド氏の新興国投資はどうなるだろうか? 優れたファンドマネージャーでも見解は様々である。今後も著名投資家の相場観をフォローしてゆく。


ソロスは警告する 2009