新型コロナ株安動向予想: 流行減速で株式市場は上昇する

新型コロナウィルス肺炎が世界的流行となりアメリカとヨーロッパを席巻している。株式市場は暴落しているが、一方でヨーロッパの感染者数はピークに近づいている。

新型ウィルスの流行がピークに達すれば株価の下落も止まるだろうかというのが投資家にとって最大の問題である。これは難しい問題だが、こうした問題を考える最適の方法は恐らくジョージ・ソロス氏の再帰理論だろう。今回の記事では彼の再帰理論を使って株安の今後の動向を予想してみたい。

ジョージ・ソロス氏の再帰理論

ジョージ・ソロス氏はヘッジファンドマネージャーとしてもっとも著名な人物であり、現代のヘッジファンドの形態は彼のクォンタム・ファンドを元型としている。レバレッジを使って買いと空売りの両方を行い、自分と顧客の資産を運用する形態というのは当時は彼のファンドだけだったのである。

そのソロス氏が自分の投資理論を説明した『ソロスの錬金術』という本があり、そこでは彼がバブルの発生と崩壊を予測するのに使っている再帰理論という理論が説明されている。

再帰理論とは相場におけるトレンドとトレンドが互いに強化しあうことよってバブルが発生し、またバブルの崩壊も同じようにトレンド同士の自己強化プロセスによって発生するという理論である。

この再帰理論を用いれば、止めることのできるバブル崩壊と止めることのできないバブル崩壊を見分けることができる。そして今回の新型コロナ株安は恐らく前者である。今回の記事は長くなるが、まずはこの2つの種類のバブルについて実例をもって説明してみたい。

サブプライムローン危機の場合

止められなかったバブル崩壊の最近の例は2008年のサブプライムローン危機である。

当時の市場は低金利によって株式市場も不動産市場も好調だった。特にアメリカの住宅市場はローン金利が下がったことで誰もが家を持ちたがり、住宅価格は右肩上がりとなっていた。つまりはこういう状況である。

  • 金利低下 -> 住宅価格上昇

住宅価格が常に上昇するため、ローンを借りて住宅を買った人も買った家を高値で売れば楽々ローンを返せる状況にあった。こういう状況を受け、住宅ローンの債権を証券化したモーゲージ債は高騰、金利は低下していった。

モーゲージ債の中でも信用の低いローンを集めたものはサブプライムローンと呼ばれたが、信用の低い借り手も価格の上昇した住宅を高値で売ればローンを返せる状況にあったため、サブプライムローンの金利は低下した。低下したローン金利が更なる住宅購入を呼んだため、このトレンドは自己強化的なトレンドとなった。

  • 金利低下 -> 住宅価格上昇 -> 金利低下

こうした自己強化的なトレンドのことを再帰理論では再帰的と呼ぶ。このような再帰的なトレンドは止めるものがなければ際限なく互いを強化し合い、行き着くところまで行ってしまう。それがソロス氏の再帰理論である。

しかし長引く低金利により経済が過熱していったことで中央銀行は金利を上げていった。バブル状態となっていた住宅市場は金利上昇に敏感に反応した。

  • 金利上昇 -> 住宅価格下落

住宅価格が下がり始めると、サブプライムローンの問題が明るみに出始めた。安心安全と思われていたサブプライムローンがデフォルトし始めたため、低下していたサブプライムローンの金利は本来の適正な金利に戻り始める。

  • 金利上昇 -> 住宅価格下落 -> 金利上昇

すると低金利で住宅ローンが借りられなくなり、住宅の購入者が減って住宅価格はますます下落した。今度は逆方向の再帰的な自己強化トレンドである。金利が上がるほど住宅価格が下がり、住宅価格が下がるほど金利が上がってゆく。

特にサブプライムローンの下落は手の付けられないものとなり、それを元にして作られた金融派生商品を大量に保有していた世界中の銀行が破綻し始め、そこから世界的な景気後退と繋がることになる。

  • 住宅価格下落 -> サブプライムローン下落 -> 銀行破綻 -> 景気後退

当時、中央銀行は利下げを行ったが、この状況を止めることが出来なかった。低金利が住宅価格下落に効かなかったからである。

  • 金利低下 -> 住宅価格下落を止められず

それは利下げが住宅市場に作用するまでにタイムラグがあるからである。債券市場や株式市場であれば金融政策にすぐに反応するだろう。しかし利下げはまず長期金利を低下させ、低下した長期金利が住宅ローン金利を低下させる。そうして消費者が家を買うことを考えて初めて利下げの効果が表れることとなる。

実際には低金利の効果が実体経済に出始めるまでには3ヶ月ほどかかることになる。しかし暴落する住宅市場は3ヶ月もあれば値を大きく下げてしまう。

つまり、2008年の金融危機は住宅市場という実物資産の市場でバブルが進んだために即効性のある対策を打つことが出来ずに起こったということになる。下落の原因となっているトレンドが止められないものである場合、バブル崩壊も止められないということである。2008年の例では以下のトレンドを止められなかったということになる。

  • 住宅価格下落 -> モーゲージ債下落 -> 銀行破綻 -> 景気後退

2018年世界同時株安の場合

では次は逆にバブル崩壊を止められた例を同じように再帰理論によって見てゆきたい。2018年の世界同時株安である。

リーマンショックの続きにもなるが、2008年以降の株価の上昇は中央銀行の量的緩和と低金利政策によって支えられてきた。これは10年来の長いトレンドである。

  • 金利低下 -> 株価上昇

しかしアメリカ経済が好調だったことで2018年にはアメリカは金融緩和を止め、それを巻き戻す利上げと量的引き締めを行っていた。トランプ相場の好景気もあり、長期金利は上がっていった。

株式市場は当初は気にしない素振りを見せていたが、当時筆者はその危険性を警告し続けていた。

そして株価は2018年末に急落することになる。

つまりはこういうことである。

  • 金利上昇 -> 株価下落

株価が20%以上下落する中、パウエル議長は当初金融引き締めの継続にこだわったが、年末の下げでついに降伏、量的引き締めの停止と利下げを行うことになった。

周知の通り、バブル崩壊はこのパウエル議長の判断で収まっている。何故収まったかと言えば、バブル崩壊の原因となっていた金利上昇というトレンドが中央銀行によって除去可能だったからである。何故ならば中央銀行自身が原因だったので、彼らはそれを自分で取り除くことが出来たのである。

  • 金利低下 -> 株価回復

つまり、金利上昇が原因となったバブル崩壊はその原因を取り除くことで防ぐことができた。2008年とは違い、トレンドの原因を取り除くことができるバブル崩壊は防げるのである。

現在の状況

さて、では新型コロナ株安の今の状況はどうだろうか。問題となっているのは流行拡大によって飛行機が飛ばなくなり、ヨーロッパなどでは生活必需品を除いて店舗の閉鎖が行われている国が多いため、企業の売上が一時的に大幅に減少していることである。

  • 流行拡大 -> 売上減

売上が減ると利益が減るため、株価が下落する。また企業の資金繰りが悪化するため信用が悪化、金利を上げなければ借金ができなくなり社債の金利は上昇(価格は下落)している。

  • 流行拡大 -> 売上減 -> 株安、社債安(金利上昇)

金利が上がれば企業にとって借り入れコストが増えることとなり、また借り換えができなくなる企業も出てくる。これまでの低金利で本来ならば破綻している零細企業が借金を借り続けることで生きながらえてきたのが破綻の危機に貧しているのである。そうした企業の破綻が懸念されることで社債の金利は更に上がることになる。

  • 社債金利上昇 -> 企業の破綻懸念 -> 社債金利上昇

これは再帰的な自己強化のトレンドである。これが信用の低いジャンク債が暴落している理由である。

ジャンク債の暴落は新型コロナ相場の一番直接的で一番根深い問題と言える。あまりに多くのゾンビ企業が低金利で生きながらえてきたため、これが深刻化すると金融危機に繋がる可能性がある。それはドルの急激な上昇にも表れている。

さて、しかし新型コロナ株安は本来下がって上がる相場である。売上の減少は一時的なものに過ぎず、来年になれば新型ウィルスのことなど皆忘れている。今となっては悲観的な人々が多いかもしれないが、そうした悲観には2月始めのレイ・ダリオ氏の言葉を贈りたい。

一般的にはこうした一生に一度のレベルの災害はまず最初に過小評価され、そして状況が進むにつれて過大評価される。

しかしそれはこのジャンク債暴落による倒産ラッシュが深刻化しなければの話である。よって今の相場の問題はジャンク債暴落トレンドが止まるか止まらないかの問題ということになる。つまりは社債の問題である。トレンドの流れをもう一度引用しよう。

  • 社債金利上昇 -> 企業の破綻懸念 -> 社債金利上昇

そして社債金利上昇のそもそもの原因はこういうことであった。

  • 流行拡大 -> 売上減 -> 株安、社債安(金利上昇)

よってこの問題はソロス氏の再帰理論によれば流行拡大が止まるか止まらないかという問題に帰着するのである。そして流行が止まるかと言えば、少なくともヨーロッパでは状況が反転しそうである。

アメリカがそれに続くのも時間も問題だろう。よって今回の株式と債券の下落トレンドは止めることのできない再帰的トレンドではない。したがって株式市場も債券市場も流行減速で回復するという結論になる。止まらない暴落には止めることのできない原因があり、今回のトレンドはそれに当てはまらない。

まとめ

すべてのリスクについて長らく考えていたが、こういう結論になった。久々に中央銀行の動向予測以外の仕事をしたように感じる。世界中の中央銀行が弾切れになった後の世界とはつまり、中央銀行が株価を操作する前の世界に相場が戻ったということである。それは後々量的緩和バブルの本当の崩壊を引き起こすが、それについてはこの相場を上手くさばいてから書くことにしたい。

現在の状況は投資家にとって判断が難しい状況だが、このように整理して考えると突破口が見えてくる。こうした状況を綺麗に説明できる理論はなかなかないが、ソロス氏の再帰理論は今の状況にふさわしい道具であると言えるだろう。

ソロスの錬金術』について個人的に残念なのは、世界屈指のファンドマネージャーであるジョージ・ソロス氏が自分の投資理論を本にまで書いて説明してくれているというのに、それを真面目に読む人が金融業界にもあまりに少ないということである。宝石が落ちていても誰もそこに目を向けない。市場でもそういう場面にしばしば出会う。今の原油相場も同じようなものだろう。

あるいは下落前の新型コロナ相場も同じようなものだっただろうか。

価値ある銘柄がタダ同然で落ちていても誰も買わないし、価値ある本が簡単に入手できるとしても誰も読まないのである。しかし結局はそういうものなのではないか。

道端に落ちている1万円札が本物かという話がある。経済学ではそれが本物ならば誰かが拾っているはずだから偽物に違いないと言う。しかしわたしに言わせれば道端に落ちている価値あるものは本物である。大多数の人はそれを拾わないからである。


ソロスの錬金術