ユーロ圏の量的緩和が停止に追い込まれる可能性

ユーロが着々と下落している。ECB(欧州中央銀行)による量的緩和は、1月の発表当時で既にそのほとんどが為替相場に織り込まれていたが、ユーロドルが1.10を割った今もユーロの下落の勢いは止まらない。

これはドラギ総裁にとっては実は吉報ではない。日銀の黒田総裁が原油価格の下落について述べた「前年比で見た影響はいずれ剥落してゆく」という言葉が、ユーロ安のインフレ率への影響にも当てはまるからである。

日銀総裁発言の詳細については上記の記事を参照してほしいが、ユーロに当てはめて説明すれば、ユーロドルが既に1.05-1.10まで下落してしまった今、ドラギ総裁が量的緩和終了を見極める一応の期限とした2016年9月の時点で通貨安がインフレ率を支える状況になっているためには、ユーロが現在の水準より更に下落していなければならないということである。

仮に現在のユーロドル水準が1.15程度であるとすれば、2016年の水準が1.05であったとしても、前年比で見た為替水準はユーロ安ということになり、インフレ率上昇を支えることになる。しかしユーロドルが既に1.05付近まで落ちてきてしまった現状では、来年の為替水準が同じく1.05であった場合、前年比の物価水準は変わらずということになるのである。

ということで、ユーロは更なる下落を求められるということになる。しかし、急激なユーロの下落はユーロ圏にとって吉報ではない。中央銀行が通貨を無限に切り下げてゆく訳には行かないからである。この時点で既に、ユーロ圏は量的緩和停止か通貨危機かのジレンマに追い込まれている。

ユーロドルが0.95辺りならば許容されるだろう。しかし0.85ならばどうか? 0.75まで落ちれば、当局も何かがおかしいと気づかざるを得ないのではないか。上記の記事で指摘した通り、ユーロの下落はマネタリーベースの上昇による通常の通貨安ではなく、信用の薄い債券を買い入れたことに対する不信任、外貨への資本逃避なのである。

一番穏健なシナリオは、来年までにユーロドルが0.9前後まで落ち、インフレ率が許容できる範囲まで改善するパターンだが、この場合においてもユーロ圏の深刻な失業率は手入れが必要な状況に留まるだろう。ドイツの失業率は6.4%まで落ちてきたが、ユーロ圏全体では11.3%であり、ギリシャなどではいまだ26%である。

ユーロ圏の量的緩和の問題点は、緩和の必要のないドイツに最も良く作用し、一番必要なギリシャなどの南欧諸国にはあまり作用しないという点である。ECBが買い入れる債券はドイツ国債が最も多く、南欧諸国は少ない。しかもギリシャ国債に至っては不適格と見なされ買い入れ対象となっていないのである。

スペイン国債でも充分に信用が怪しいのだから、ギリシャ国債など実質デフォルトしているような債券は当然買い入れるべきではない。しかし、このままではECBの量的緩和は、為替水準を押し下げただけで、失業率を必要なだけ押し下げることのないまま終了してしまうかもしれない。これ以上の量的緩和はユーロを通貨危機の水準まで押し下げてしまうからである。

しかし、量的緩和がなければ失業率は高止まりしたままである。高い失業率は消費者の需要を押し下げ、ユーロ圏をデフレの瀬戸際へと何度でも押しやるだろう。そうしてECBは再び緩和への圧力を受けることになる。

このジレンマの行く先は何処だろうか? ユーロ圏の崩壊である。ギリシャ経済の回復には通貨危機レベルの為替水準が必要であるような気がしてならない。イギリスもポンド危機が輸出を拡大したことで景気後退を脱したのである。しかしドイツはそこまでのユーロ安を許容しないだろう。

いずれにせよ、ユーロがその水準まで落ちるまでにはまだ時間がある。ユーロ圏の厳しい状況は続くが、ECBには質的緩和という選択肢も残されている。ユーロ圏が適切な選択肢を選ぶことを祈りながら、彼らの選択を見守りたい。