マクロ経済学の最先端を行くドナルド・トランプ大統領の経済政策

ドナルド・トランプ氏がアメリカ大統領に就任するに際して、トランプ氏の財政政策および金融政策について語り始める時が来たと思う。

トランプ政権の経済政策の詳細はまだ明らかになっていない。しかし全体の方針は明らかになっている。そしてトランプ氏の主張を辿れば辿るほど、トランプ政権の経済政策がマクロ経済学界における最先端の潮流に合致していることが明らかになってゆくのである。

トランプ政権の経済政策

トランプ大統領の経済政策とは大規模な減税と公共事業である。そしてそのための資金を国の借金、つまり国債発行で補うと彼は言っている。トランプ氏はCNBCのインタビュー(原文英語)でこう述べている。

金利があまりに低くなっている。だから借金を、それも長期でするべき時期なのだ。

読者には周知の通り、今や世界中で低金利がトレンドとなっている。世界中で経済成長は鈍化し、インフレ率は下がり、そして金利が下がった。1980年代からずっとそうなのである。アメリカの政策金利の長期チャートにはその傾向は明らかである。

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低金利とは借金への利払いが少ないということである。だからトランプ氏は、低い金利を利用して借金をし、減税を行い、そして公共事業を行うことで低成長と低インフレを打開すべきだと言うのである。わたしはこの台詞を何処かで聞いたことがある。アメリカの元財務長官で著名な経済学者ラリー・サマーズ氏のマクロ経済理論、いわゆる長期停滞仮説である。

アメリカ経済の長期停滞

アメリカ経済の長期的減速は多くのファンドマネージャーにとって2016年の投資テーマであった。わたしはこれを2015年から予想し続け、そして2016年に発表されたGDP統計によってその予想は現実のものとなった。

わたしだけではなく、多くのファンドマネージャーがこの予測を支持した。著名投資家のジョージ・ソロス氏や、世界最大のヘッジファンドを運用するレイ・ダリオ氏などがアメリカ経済の減速を主張した。

こうしたヘッジファンド業界の理論的基盤として存在していたのが、経済学者ラリー・サマーズ氏の長期停滞仮説である。旧来の経済モデルを信奉する経済学者の多数派が、アメリカの労働市場の好調を見て経済成長は本物だと主張したことに対し、サマーズ氏は経済成長やインフレ率と失業率の連関は過去のものであり、リーマンショック後の経済停滞は長期トレンドだと主張した。そしてGDP統計などあらゆる証拠がサマーズ氏の主張を支持した。

アメリカの中央銀行であるFed(連邦準備制度)などでは古い経済モデルに執着する経済学者が支配的である一方、実利を取るヘッジファンドなどがサマーズ氏を支持した理由がそこにある。サマーズ氏の経済理論は、少なくとも今存在する経済学理論の最先端なのである。

サマーズ氏の経済理論と酷似するトランプ大統領の経済政策

ここまで話した後で、トランプ氏の「低金利を利用して長期で借金を行うべきだ」という主張をもう一度考えてみたい。わたしはこの台詞を何処かで聞いたことがある。それこそがラリー・サマーズ氏の長期停滞仮説である。彼の理論についてはここでは何度も触れているが、もう一度引用してみよう。

長期停滞こそは、米国政府が3%以下の金利で、しかも自分で刷ることの出来る通貨で、30年以上借金が出来る時期であり、素材が極めて安い時期であり、建設業の失業率が高止まりする時期なのだ。

トランプ氏の主張にあまりに類似している。しかし似ているのはこの部分だけではない。次はトランプ氏がインタビューでその借金をどう使うのかについて語った部分、つまり公共事業について述べた部分を見てみよう。トランプ氏はこう主張している。

われわれはこの国のインフラを直す必要がある。この国のインフラは史上最悪の状態だ。アメリカにある橋の半分は信じられないほど危険な状態だ。それらはほとんど落ちかかっている。道、トンネル、病院、そして空港も直さなければならない。

アメリカの空港は途上国のような状態だ。ドバイなど他の都市の美しい空港を見てみるといい。アメリカにそのような空港があったことはない。ニューヨークのラガーディア空港や、ロサンゼルス国際空港、ケネディ国際空港などに降り立ってみれば、まるで途上国の空港のようではないか。だからわれわれは空港を直さなければならない。

この部分にもあまりに既視感がある。以前からの読者ならば同じように感じるはずである。今度は上記の記事で取り上げたサマーズ氏の主張を見てみよう。

ラガーディア空港やケネディ空港を修理するためにこれ以上の時期がこれまであっただろうか? あの状態は酷すぎる。米国は経済全体に対する政府のインフラ投資の割合が最も低い国である。1947年以来ずっとそうなのだ。減価償却を考慮に入れれば、われわれはまったく投資をしていないに等しい。

もうお気づきのことと思うが、トランプ氏の経済政策は経済学者ラリー・サマーズ氏の長期停滞論そのままなのである。先進国は低い需要と低成長、低インフレに苦しんでいる、しかし代わりに低金利という武器を手にしている、だから借金を増やすことで需要を喚起するべきだ、というものである。

トランプ大統領の金融政策

トランプ大統領は莫大な借金をすることで減税とインフラ投資をすると言っている。これは既に飽和状態となっている米国株を更に上に押し上げる効果を持つだろう。既にバブルの状態にある株式市場が更に押し上がるのかは更なる分析が必要だが、少なくともトランプ大統領の経済政策はプラスの影響を持っている。

一方で、投資家にとって気になるのは、では金融政策はどうなるのか、低金利は継続するのかということだろう。トランプ氏はまだ金利政策についてほとんどコメントをしていない。Fedの現議長のイエレン氏を交代させるという主張はしているが、これはイエレン議長が民主党のオバマ政権の味方をしているという疑念を彼が持っているからであり、イエレン議長の政策の是非について具体的なコメントはしていない。

トランプ氏が大統領選挙で勝利して以来、アメリカの長期金利(10年物国債の金利)は上がっている。政府が借金をするということは国債を発行して市場で売るということであり、トランプ政権における国債の大量発行を予期して国債が下落しているのである。国債の価格下落は金利上昇となる。

トランプ大統領はこれを容認するのか? 彼は同じインタビューで金利上昇の可能性についても語っている。これは最近の金利上昇前のコメントである。

金利はあまりに低い。この金利が上がる時期が来ればどうなる? 調達コストがあまりに高くなって、何も借りられなくなるだろう。財政が完全に崩壊する。しかし今、金利は低い。借金をすべき時なのだ。

当たり前なのだが、国債の金利が上がるということは利払いが増えるということであり、そうなれば多額の借金をして減税とインフラ投資を行うというトランプ氏の計画は実行不可能になってしまう。また、金利高には株式市場における量的緩和バブルを崩壊させるという危険性もある。トランプ氏はこのリスクもしっかりと認識している。

Fed(連邦準備制度)が作り上げた低金利の環境は、アメリカの株価を金融危機後の安値から227%も押し上げた

金利が上がれば、その時にわれわれが目にする光景はあまり美しいものではないだろう

バブルが崩壊するなら、私が大統領になる前にして欲しい。就任の翌日に起こるのであれば、前日の方がまだましだ

しかし市場では金利が上がっている。アメリカの株式市場では今、トランプ氏の財政政策への期待と金利高による売り圧力が互いに戦っている。

トランプ大統領は低金利を継続するか?

トランプ氏の経済政策チームなどの発言を見ている限りでは、トランプ氏は低金利で経済成長を達成するという考えにあまり好意的ではない。しかし低コストで借り入れを行うというトランプ氏の目的を達成するためには、そして株式市場を崩壊させないためには、低金利が間違いなく必要となる。

もし本当にトランプ氏の見ているものがラリー・サマーズ氏の長期停滞論であれば、金利に関する答えは明快である。サマーズ氏はこう述べている。

(財政政策以外に考えられる施策は)非伝統的な金融政策の可能性をよりクリエイティブに検討することである。量的緩和が既にローンの金利を非常に低いレベルまで押し下げたなか、どれだけの緩和が可能か? マイナス金利は最大で何処まで拡大することが経済的に可能なのか? 金融緩和がもたらす副作用は厳密にどのようなものなのか? これらはすべて、長期停滞仮説によって重要であると考えられる命題である。

サマーズ氏はあくまで財政政策が主役であるべきと言いながら、低金利政策の必要性を肯定している。そして別の記事ではFedが利上げを行うのは論理矛盾だとも主張していた。

結論

これらの要素を総合的に判断すれば、どうもトランプ大統領は大胆な財政政策とともに量的緩和を再開するように思う。仮にそれが正しいとすれば、トランプ氏当選で大幅に下落したアメリカの長期国債やゴールドは今が買い場ということになり、債券を空売りしているドラッケンミラー氏などの投資家は大きな誤りを犯していることになる。

しかしトランプ氏はまだ金融政策についてほとんど語っていない。それは恐らく、オバマ氏の任期中に金利を下げるようなことを言いたくないということもあるのだとも思う。しかしマクロ経済学的に考えれば、トランプ氏の経済政策は低金利なしでは実行不可能なものである。

いずれにせよ上記はすべてわたしの推測でしかない。繰り返すが、トランプ氏はまだ金融政策についてほとんど何も語っていない。しかし今回この記事に書いた内容は、ほとんど情報が出揃っていない現状では恐らくベストなトランプ氏の政策予想だろう。

また、これはまた別の機会に書きたいのだが、個人的にはトランプ氏の経済政策では公共事業よりも減税と規制緩和が主役になると考えている。これはわたしが日本政府の経済政策を単なる政治腐敗の産物と切り捨てながら、トランプ氏の経済政策には好意的な理由でもある。減税の有無によって経済政策には天と地ほどの差があるのである。