元米国財務長官サマーズ氏: アメリカの利上げは不要、現行の金融政策は矛盾している

元米国財務長官で経済学者のラリー・サマーズ氏が自身のブログ(原文英語)でアメリカの金融政策を担うFed(連邦準備制度)に対して苦言を呈している。Fedは長らく利上げを行うと主張してきているが、その目的は2015年12月に一度利上げをしたのを最後に果たされていない。

サマーズ氏は以前よりFedの経済モデルが時代遅れのものであり、世界経済に存在するデフレリスクを適切に考慮していないとして批判を続けてきたが、今回の記事ではFedの抱える矛盾をよりあからさまに指摘している。

記事ではサマーズ氏はFedに対して4つの注文を付けている。以下、順に見てゆこうと思う。

世界的に低迷する潜在成長率

サマーズ氏の最初の注文は世界的に低迷する成長率と金利に関するものである。世界的な低成長とインフレは世界の優れた投資家たちがずっと主張してきたテーマであり、世界経済を占う上で一番重要な大前提である。サマーズ氏は経済学者としてこの議論を常に先導してきた。サマーズ氏は以下のように主張する。

第一に、Fedは中立金利がいまやゼロ近傍であり、将来的にも当面の間2%以下に留まるということを認めなければならない。

中立金利(均衡実質金利)とは、需要と供給が均衡し、経済資源が無駄なく活用される中立的な金利のことである。中央銀行は金利が中立になるように利上げや利下げを行うのが良いとされている。中立金利についてはFedの前議長のバーナンキ氏が詳しく説明している。

バーナンキ氏の説明によれば、Fedがこれまで金利を下げ続けて来なければならなかったのは、アメリカ経済の中立金利が下がり続けてきたからである。そうであるとすれば、Fedは何故今利上げをしなければならないのか? 先進国の潜在成長率が下がり続けている今、中立金利も同様に下がり続けており、その事実を認めるのであればFedは金利を低く保っておくべきだというのがサマーズ氏の主張である。

事実、Fedはこれまでにも金利を高くすると主張し続けてきたが、その姿勢を修正して金利を下げてこなければならなかった歴史がある。これがサマーズ氏の第二の指摘である。

Fedは間違い続けている

次にサマーズ氏が指摘するのは、Fedは金利の推移見通しについて常に間違い続けてきたということである。

第二に、Fedはこれまで市場が予期するよりもかなり強い金融引き締めの予想を示し続け、そして市場に無視され、しかも結果的にはいつも市場のほうが正しいということを長年続けたことによって市場の信頼を失っているという事実を、公にではなくとも自分に対しては認めていなければならない。

市場に完全に無視されている日銀ほどではないが、金融市場はFedの利上げを徐々に信じなくなっている。2015年末には2016年内に4度利上げを行うと主張し、市場もそれをかなりの程度信じていたために金価格が暴落していたが、その後の世界同時株安によって4度の利上げが不可能であることが明らかになると、その後はFedが利上げをすると言っても金利が動かなくなっており、金価格も下がりにくくなっている。

ちなみに現状の金利先物市場では12月までにもう一度利上げが行われている可能性が61.6%という織り込みであり、その後2017年内の利上げはほとんどないものと予想されている。Fedは段階的な利上げを主張し続けているが、そのトーンは徐々に弱々しくなっており、年内1回の利上げさえ声高に主張しなければ聞き入れてもらえない現状となっている。

サマーズ氏のブログにはFedの金利予想と市場の金利予想の推移を比べたグラフが掲載されており、Fedの予想は市場の予想よりも常に高く、そしてより低い市場の予想に常に収斂する形で下方修正を強いられてきた様子が良く分かる。ここに転載することはしないので、興味のある読者は原文の方で確認することをお勧めしたい。

Fedの矛盾

更にサマーズ氏は、Fedの主張する利上げの必要性はFedの予想するインフレ率の推移と矛盾していると指摘する。

第三に、景気後退が来ればインフレ率はすぐに下がるのだから、Fedは低い失業率とともに長らく続いてきた緩和的政策の終盤においてインフレ率が2%を少し上回ったとしてもそれを認める姿勢を示すことで、インフレターゲットが上下対称であることを示すべきである。事実、Fedは2018年までインフレ率が2%に達することなく緩やかに推移すると予想している。そうであれば経済を減速させる必要もないということを表明すべきだ。

噛み砕いて言えば、Fedはインフレ率が上昇しないと予想しているにもかかわらず、利上げをすると表明しているということである。Fedがそこまで利上げをしたかった理由は、恐らくはインフレではなく金融市場のバブルであり、巨大な金融緩和の出口戦略である。2015年夏の古い記事だが以下で説明している。

しかしその後、アメリカ経済が急激に減速したために、Fedは利上げがしたいにもかかわらず出来なくなったのである。この減速はわたしも2015年末に予想していたが、実際にはそれよりも更に速い減速となっている。

今ではアメリカの低い失業率はほぼ完全雇用の水準に近く、Fedが自分で主張するように労働市場を重視して考えればとうに何度も利上げをしていなければ理屈に合わないが、Fedは利上げを出来ていない。

著名投資家のジョージ・ソロス氏に言わせれば利上げは遅すぎたのである。ダボス会議における以下の発言を思い出したい。

Fedは正しい方向へ軌道修正する段階に達し、利上げについて話し始めた。だが彼らは行動しなかった。そして実際に行動した時には、もう機会を失っていたのだ。彼らは1年遅かった。彼らが利上げを開始した時にはもう米国経済の減速は始まっていた。

イエレン議長が何を待っているのかは知らないが、時間が経てば経つほどアメリカ経済の減速リスクは高くなり、利上げどころか利下げと量的緩和再開が現実的な可能性として姿を表してくるだろう。

インフレ過熱のリスクは少ない

サマーズ氏が最後に指摘するのはリスクの非対称性である。インフレ過熱のリスクは少ないが、デフレのリスクは大きいということである。サマーズ氏は以下のように述べる。

第四に、Fedは経済の過熱と減速のリスクは非対称であるということを認めなければならない。景気後退に陥った場合、日本経済のような状況に陥る現実的なリスクが存在し、その場合デフレを退治することが非常に難しくなる。その一方で、インフレ率が2%を上回った場合のリスクはほとんどない。これまで主張してきた通り、その状態はむしろ好ましいかもしれない。そしてもしそうでないとしても、過去何度も成功した通り、その場合にこそ金融引き締めを行って過熱を抑えれば良いのである。

インフレのリスクは少ないだろう。サマーズ氏の言葉で言えば世界経済は長期停滞に陥っているからであり、世界最大のヘッジファンドを運用するレイ・ダリオ氏の言葉で言えば、債務の長期サイクルが終焉に差し掛かっているからである。著名なエコノミストはそれぞれの言葉で停滞を表現するが、本質的には皆同じものを見ているのである。

しかし一方で、長らく低金利を続けたために量的緩和バブル崩壊のリスクは差し迫っている。ソロス氏とともにクォンタム・ファンドを立ち上げたジム・ロジャーズ氏の言葉を思い出したい。

一度目の利上げは大した意味を持たないが、三度目の利上げからは心配しなければならなくなるだろう。三度か四度利上げが行われれば、通常株式市場は終わりだ。(中略)三度目の利上げが来れば、わたしは世界中で株を売るだろう。米国のジャンク債は既に売った。他の債券もその時には大量に空売りすることになる。

だからFedにとって問題であるのはインフレ率でも労働市場でもない。減速するアメリカのGDP成長率と臨界点を超えて膨張してゆく量的緩和バブルの板挟みとなって動けないのである。

したがってFed内に存在する利上げすべきという主張も、低金利を保つべきだという主張も、その意味では両方が正しいのである。問題はそのどちらの正解を選んでも世界経済には酷い結果となるだろうということである。投資家はどちらの場合にも対応できるように金の買いや株の空売りなどを機動的に行ってゆくべきだが、短期的にはいずれにせよアメリカの経済指標次第である。11月の始めに公表される7-9月期のGDPを楽しみにしたい。ここでも当然分析を公開する予定である。