バーナンキ氏ブログ: どうして金利はそれほど低いのか

いくつかのニュースでも報じられているように、Fed(連邦準備制度)前議長のベン・バーナンキ氏がブログを開設している。議長時代には言いたいことを言えなかったこともあってか、かなり饒舌に語っており、本人曰く「ようやくFedウォッチャーに監視されることなくコメントできる」だそうである。

Fedの仕事は98%が対話、2%が政策実行だったとも語っており、発言1つするにしても非常に気を遣ったのだろうと思う。しかし、引退した今は彼も民間人であり、自由に経済批評ができると思いブログを始めたのだろう。

現在9つの記事が投稿されているが、本稿では先ず、彼のブログ最初のエッセイ、「どうして金利はそれほど低いのか(Why are interest rates so low?)」を和訳して取り上げたい。

米国、日本、そしてユーロ圏の量的緩和を受け、主要国の金利低下は歴史的水準に達している。バーナンキ氏の指摘する通り、10年物国債の金利は米国で1.9%、ドイツで0.2%、日本で0.3%、イギリスで1.6%、スイスでは僅かながらマイナスとなっており、スイス政府にお金を預けるためには、投資家は利息を払わなければならないという状況である。

金利の低下はインフレ率の低下と相関している。米国の金利とインフレ率はともに、下記の記事で書いたレーガノミクス以前の1980年頃にピークの15%を記録しており、そこから35年間長期下降トレンドにある。ではこの金利の低下は何故起こったのか? バーナンキ氏は次のように言う。

この問いを市場に問えば、「Fedが金利を低く保っているからだ」と返ってくるだろう。しかし、これは非常に狭義においてしか正しくない。Fedは確かに、短期の名目金利を設定する。Fedは長期のインフレ期待に働きかけ、インフレ期待は長期金利に影響する。しかし、重要なのは名目ではなく、インフレ率を差し引いた実質金利なのである。

実質金利こそが資本投資の活性化にもっとも影響するからである。そしてFedが実質金利に対して及ぼせる影響は限られているのである。実質金利は将来の経済成長率など様々な経済的要素によって決められるのであって、Fedによって決められるわけではない。

この事実をより分かりやすく説明するために、バーナンキ氏は均衡実質金利の概念を紹介する。

均衡実質金利とは、長期的に見た場合に資本や労働資源が無駄なくすべて活用される実質金利である。(中略)Fedが均衡実質金利よりも高すぎる名目金利を目指した場合、借入金利が資本投資に対するリターンを上回ってしまい、投資が魅力的ではなくなるため、経済はリセッション入りするだろう。逆に、Fedが低すぎる金利を目指した場合、市場は加熱し、インフレが止まらなくなるだろう。(注: 2016/10/5 翻訳訂正)

また、均衡実質金利を決定する要因については次のように述べている。

経済成長率が高い経済においては、均衡実質金利は高くなる傾向がある。資本投資の期待リターンが高くなるからである。逆に、経済成長率が低い経済においては、均衡実質金利は低くなりやすい。資本投資の機会が限られており、リターンも低いからである。

つまり、Fedは市場の金利を均衡実質金利に沿うように方向付けるため、Fedの目指す名目金利が低いのは、期待インフレ率が低いか、経済成長率が低いために均衡実質金利が低いかのどちらかであり、Fedが恣意的に決めているのではないというのがバーナンキ氏の主張である。

また、Fedに対する批判のなかには、金利を低く押さえることで年金暮らしの高齢者の暮らしを圧迫しているというものがあり、バーナンキ氏は次のように反論する。

わたしもそのような高齢者を心配している1人である。しかし、Fedが金利を高くしてしまえば、年金暮らしの高齢者の生活も厳しくなるだろう。昨今の弱い経済状況下においては、均衡実質金利が例外的に低い(恐らくはマイナス)ことをあらゆる指標が示していた。Fedがこの状態で利上げに急げば、経済は停滞し、資本投資のリターンはより低くなっていただろう。

そのようになれば、中央銀行は再度利下げを行わなければならなくなる。だから経済が充分に回復するまでは低金利を保ち、利上げはその後に行うというのが一番良い政策なのだ、というのがバーナンキ氏の主張である。

彼のこの投稿は、これまでのFedの金融政策を的確に説明したものであると思う。バーナンキ氏の意見は経済学的に正論である。しかし、それでも彼は、市場における資本の流れを考慮していない。ブラックマンデーが何故起こったのかを理解していないのである。

どれほどに低金利が経済学的に正しい政策であろうとも、その過程で金融危機を引き起こしてしまうのであれば、その政策は再考の余地がある。Fedによって債券市場から株式市場に移された資金は、いずれ逆流しなければならない。この点に対する対処がなければ、量的緩和政策は成功しないだろう。

とはいえ、個人的により良い金融政策が思いつくわけでもない。量的緩和がなければ、米国の失業率は低いままだっただろう。この辺りは現代の金融市場の仕組みの理論的限界なのではないか。いずれにせよ投資家としては、今後の流れを注視しながらポジションを取るのみである。