トランプ大統領がシリアにミサイル攻撃した理由

アメリカのトランプ政権がシリアに59発のトマホークミサイルを打ち込んだ。トランプ氏は大統領選挙中より中東問題から距離を置くことを公約にしていたため、多くの人々を驚かせた。背景についてはこれまで概ね伝えているが、トランプ大統領がシリア空爆に踏み切った理由について、やはりもう一度書いておきたいと思う。

選挙時の不介入主義

トランプ氏は大統領選挙中からアメリカの過去の介入主義を批判してきた。アメリカはアフガニスタン、イラク、リビア、そしてシリアに介入し続けた。彼は選挙中、中東に軍を展開し続けたことで6兆ドルが浪費されたとして、しかもその結果中東は平和から程遠い状況にあることを指摘していた。

この主張にはメディアに「トランプ政権の黒幕」と呼ばれたスティーブ・バノン首席戦略官の影響がある。バノン氏は右派のウェブメディアであるBreitbartの元会長で、トランプ氏の選挙戦において反移民やアメリカ第一主義などの主張を主導し、有権者の支持獲得に貢献した。彼に言わせれば「他国の紛争にアメリカ市民の血税を使うな」ということであり、そこに「アメリカは他国の政権転覆をすべきではない」というトランプ大統領の理性が加わったのが、トランプ政権の中東政策であった。ここまではトランプ氏とバノン氏の化学反応がしっかりと働いていた。

反ロシア勢力の反撃

しかし大統領選挙後、米国大手メディアを含むアメリカ国内の反ロシア勢力が抵抗を開始する。トランプ政権内の複数人が「ロシア大使と対話した」罪によってメディアによる大バッシングを受けた。

何度も言うように、ロシアとの対話の内容が問題となることはあっても、対話をすること自体が問題となることは理解不能であり、しかも批判に加わったアメリカ民主党の議員も同じロシア大使と接触していたことが明らかになっている。しかし米メディアと民主党によるトランプ政権の「ロシア疑惑」バッシングは止まることがなかった。

メディアと民主党による批判にトランプ大統領はどう反論したか? ここの読者には周知のことだが、もう一度引用してみよう。

メディアは明日にでも「ドナルド・トランプはロシアと仲良くしたいらしい。酷いことだ」とでも言うだろう。しかしロシアと上手くやってゆくことは酷いことではない。良いことだ。(中略)ロシアに対して強硬姿勢を示す方がわたし個人にとってはよほど簡単だ。分かるだろう? しかしわたしはアメリカ国民にとって正しいことをしたいのだ。そして第二に、正直に言うならば、世界にとって正しいことをしたいのだ。

「アメリカ国民にとって正しいこと」とは、血税を他国の紛争に浪費しないことである。「世界にとって正しいこと」とは、他国の政権転覆を行わないことを意味しているのだろう。トランプ大統領がこの二つを分けていたということ、そして何より優先順位を付けていたということが後々重要になってくるのである。

いずれにしても、こういう反論がメディアと民主党を止めることはない。元々バノン氏の不介入主義はアメリカの政治界にとって異質のものであり、政敵である民主党はおろか、身内の共和党の支持も得にくいものである。第二次世界大戦以来、他国の事情に政治的、軍事的に介入してきたのがアメリカの歴史である。それがベトナムであり、朝鮮半島であり、アフガニスタンであり、リビアであり、イラクであり、そしてシリアなのである。

選挙後のトランプ政権

結果、トランプ政権は機能不全に陥った。大統領選挙で確かな成果を上げたバノン氏のアメリカ市民第一主義が、今度は議会の政治家達を説得する上での障害になったからである。バノン氏の政策は民主党的ではなかったが、同時に共和党的でもなかったからである。

トランプ政権の法案は議会を通らず、フリーダム・コーカスなどの共和党保守派はトランプ大統領に敵対するようになった。トランプ大統領の支持者は政策が実行されないことを心配した。金融市場では投資家がトランプ政権の政策実行能力を疑うようになり、経済成長やインフレ改善への期待は減退した。

この騒動のなか、ロシア大使と接触したフリン安全保障担当大統領補佐官が2月に辞任させられた。フリン氏は中東問題の解決に向けてアメリカはロシアと協力して動くべきだと主張していた。

トランプ政権は完全に機能不全に陥っていた。法案は議会を通らず、政権内部は混乱している。トランプ大統領は何らかの打開策を見つけなければならない。この状況の原因となっている政策は何か? バノン氏やフリン氏の親ロシア政策である。ではその政策は政権にどのようなメリットをもたらしているのか?

大統領選挙の時からトランプ氏の演説を追っている読者があれば映像を覚えているかもしれないが、「他国の政権転覆をやめる」という主張は、トランプ氏の演説のなかで支持者からの反応が最も薄かった主張の一つである。

アメリカ国民とは、アメリカが「世界で最も偉大な正義の国」であると本当に信じている人々である。その彼らに「アメリカは他国の政権転覆をやめるべき」などと言えば、アメリカの歴史そのものが悪だと言うようなものである。

だから、トランプ氏が演説でこの主張をしたときの支持者の反応は、賛同から程遠い当惑だった。アメリカの政治介入は悪だったのか? イラク戦争は正義ではなかったのか? 部外者から見れば何の正当性もないものが、アメリカ人には正当に映る。彼らはそう教育されているのである。

何度も言うが、アメリカ人とは広島長崎への原爆投下が正義の行いだったと本気で信じている国民である。個人の銃所有が治安向上のためになると全米ライフル協会が主張すればそれを信じ、ブッシュ大統領のイラク侵略の口実となったイラクによる大量破壊兵器の所有が全くの嘘でたらめだったと明らかになっても気にさえ留めない、政治的に非常に操作しやすい、頭の無い人々である。

だからこそトランプ氏は、政権転覆という表現よりも中東での軍事支出を減らすという主張に重点を置いた。「アメリカ人にとって正しいこと」は「世界にとって正しいこと」よりも先にあるものだと明確に述べた。上記で引用した通りである。

トランプ大統領の決断

親ロシア政策による利益とコストは明白だった。政治的コストはあまりに大きく、利益はアメリカ国民にも議会にも理解されない。

そこでトランプ大統領が何を決断したのか、もう読者にもお分かりだろう。彼の言う「世界にとって正しいこと」を選挙と議会における票のために犠牲にしたのである。フリン氏は辞任させられ、そしてロイターによれば、トランプ政権内ではバノン氏の更迭が検討されているという。トランプ政権内の反グローバリズムは風前の灯火である。

そしてシリア爆撃をアメリカ国民がどう捉えたかと言えば、トランプ大統領の支持者は言うまでもなく、彼に反対していたはずのリベラルのアメリカ国民でさえ、このミサイル攻撃を支持している。CBSの世論調査(原文英語)によれば、共和党支持者のシリア爆撃支持率は84%、そしてトランプ大統領を毛嫌いする民主党支持者でさえ、40%が爆撃を支持しているという。

以前伝えたように、この爆撃の口実となったシリア政府による化学兵器の使用はシリア政府自身は否定しており、ロシアは「アメリカによるこのような大規模なミサイル攻撃は口実となった事件よりもかなり以前から準備を進める必要があったはずだ」と主張している。また、シリアの国営放送はアメリカによる攻撃で民間人が死亡したと主張している。

個人的には状況の認識についてシリア側の見解にも西側諸国の見解にも与するつもりはない。しかし仮に西側諸国の言う通り、シリア側の化学兵器使用が事実であったとしても、全く関係のないアメリカがシリアにミサイルを打ち込む理由になると信じられるのは、西側諸国の教育を受けた人間だけである。アメリカ人は諸手をあげて攻撃を支持している。日本人は、どれだけの数がそれに同意出来るだろうか。

結論

第二次世界大戦における原爆投下を「戦争の早期終結に繋がり、結果的に多くの人命を救った」行為として正当化することを含め、アメリカ人は教えられれば何でも信じる人種である。西洋はそうして戦争を行なってきた。キリスト教の布教を理由に全く関係のない国々を植民地化し、戦後は「自由でオープンな価値観」の布教を理由に人殺しを行なってきたのである。

特にアメリカ人は政治家にとって御しやすい。日本人やヨーロッパ人よりも単純であり、思想のコントロールが容易だからである。トランプ氏はそこから外れた価値観を政治に持ち込もうとしたが、結局は有権者の理解がなければどうにもならない。要するに、誰が大統領になろうとも、アメリカ人は所詮アメリカ人だったということである。

ただ、トランプ大統領にとっても、これまでの主張をすべて覆すようなシリア爆撃を結論するのは容易ではなかったはずである。だからトランプ大統領の決断にはもう一つ重要な要因が必要となった。この点についてはまた別の記事で書きたいと思っている。