娘のイヴァンカ氏、トランプ大統領にシリア攻撃を指示、反対した「極右」バノン氏は左遷へ

米国のトランプ政権はシリアにミサイル攻撃を行なった。トランプ大統領のこれまでの主張と矛盾するものだが、そうなった経緯については前の記事で説明した。

これに反対したのがトランプ政権の首席戦略官で、米国の大手メディアに極右の危険人物と呼ばれたスティーブ・バノン氏である。

「極右」スティーブ・バノン氏

右派のウェブメディアBreitbartの元会長で、トランプ氏の選挙公約のうち、反移民や反グローバリズムの部分を主導してきたバノン氏は、トランプ氏の最も過激な部分を演出する「影の大統領」としてリベラルメディアから大いに批判され、人種差別者、国粋主義者など様々なレッテルを貼られ続けてきた。

トランプ大統領の批判者が「トランプ氏のような人物が核ミサイルのボタンを手にするなど怖ろしい」と言えば、それは要するに「バノン氏のような人物が核ミサイルのボタンを手にするなど怖ろしい」ということである。

しかし実際に起こったことはどうだろう。大統領選挙の対立候補だったヒラリー・クリントン氏はトランプ氏に先駆けてシリア攻撃を主張(CNN、原文英語)、トランプ政権内ではグローバリズム寄りの「常識人」とされる娘イヴァンカ氏と娘婿クシュナー氏の夫婦がミサイル攻撃を支持した。

一方で、政権内で他国へのミサイル攻撃に反対していたのは極右で危険人物と呼ばれたバノン氏である(読売)。他国への軍事介入反対は大統領選挙におけるトランプ氏の公約だったが、政権内でともに反対するはずのフリン氏は既に辞任させられている。

バノン氏は娘婿クシュナー氏を「グローバリスト」と呼び、ホワイトハウス内でシリア攻撃をめぐって対立したようだが、トランプ氏が取った結論は、言うまでもなく身内のものであった。娘のイヴァンカ氏はTwitter(原文英語)でこう述べた。

昨日の怖ろしいシリアの化学攻撃の写真に、心が痛み、激情にかられています。

前回の記事で説明したように、これまでの主張を180度転換するようなシリア空爆をトランプ大統領が決断する決め手となったのは明らかにイヴァンカ氏である。

イヴァンカ・トランプ氏

トランプ大統領は娘のイヴァンカ氏を溺愛している。Twitter(原文英語)では百貨店がイヴァンカ氏のブランドの商品を取り扱わなくなったことに癇癪を起こして批判し、娘は不当に扱われていると主張した。

このツイートで彼は娘を「素晴らしい人物であり、いつも自分に正しいことをするように導いてくれる」と表現し、だから百貨店はイヴァンカ氏のブランドを採用すべきだという論理で、やや異常である。

また2006年のテレビ番組では「自分の娘でなかったとすれば、多分付き合っている」とイヴァンカ氏本人の前で発言しているほどである。娘を持つまともな父親ならば同意してもらえるだろうが、彼の態度は常軌を逸している。

彼の家庭の問題に口を出すつもりはないが、それが政権の政策決定に影響するようになれば話は別である。

シリア空爆の後にトランプ氏が会見したとき、彼の話した内容のなかに彼自身が考えたとは思えない表現が含まれていたのを思い出したい。米国政府がシリアのアサド政権によるものと主張している化学兵器により「見目麗しい赤ん坊までもが(原文:even beautiful babies)」犠牲になったと、トランプ氏は言っていたのである。

この表現は明らかに彼自身のものではなく、イヴァンカ氏のものである。彼女がそう言うのだから、シリア攻撃は正しいに違いないと言わんばかりである。イラク戦争を含め、米国はもう何度も同じ過ちを繰り返しており、それを誰よりも批判していたのはトランプ大統領だったにもかかわらず、娘の感情的な言動でこの通りである。

極右 vs 娘婿

そうして反グローバリストのバノン氏は娘イヴァンカ氏と娘婿クシュナー氏の前に敗退した。イヴァンカ氏の意見がシリア空爆に「大きな役割」を果たしたことは兄弟のエリック氏が証言している(Independent、原文英語)。そして敗北したバノン氏については、トランプ大統領がこのように述べている(New York Post、原文英語)。

スティーブのことは好きだが、彼がわれわれの選挙戦のかなり後半になるまで選挙戦略に関わっていなかったことを思い出してほしい。

その時までにはわれわれは既にすべての上院議員と州知事を打ち負かしていたが、スティーブは関わっていなかった。わたしがわたし自身の戦略官であり、あの腐敗したヒラリーとの戦いが厳しかったから、彼の戦略を採用したということではない。

何とも突き放した表現ではないか。これがトランプ氏の身内と争った人間の末路である。あるいはイヴァンカ氏と、と言うべきだろうか。トランプ政権で彼女と争った人間はこうなるのである。彼女は自分の意見が採用された攻撃についてTwitter(原文英語)でこう語った。

人道に対するおぞましい罪を容認することを断固拒否した父の決断を誇りに思います。

人道や人権という言葉が何度人殺しの口実に使われたことだろう。それがリベラルというものである。それが西洋の歴史である。

そのように勝利を宣言したイヴァンカ氏は、夫のクシュナー氏と結婚するためにユダヤ教に改宗したほどの「献身的」な妻である。だからクシュナー氏と争うことは、イヴァンカ氏と争うことに等しい。そしてクシュナー氏はバノン氏がグローバリストと呼んだ人物である。グローバリストとは、例えばシリアやイラクにミサイルを打ち込むことを正義だと考える人々のことである。

バノン氏とクシュナー氏の対立は、以前より明らかになっていた。グローバリストと反グローバリストが仲良くやっていけるはずがない。政権内の対立にうんざりしたトランプ大統領は二人に対して次のように言った。

スティーブはいい奴だが、彼らに言ったのは、関係を修復しろ、さもなければわたしが決着を付ける、ということだ。

その場合、どのように「決着を付ける」のかは明らかである。だからバノン氏はクシュナー氏に頭を下げることになったのだろう。Fox News(原文英語)は二人の和解を報じている。「和解」がどういう内容になったかは、報じられずとも明らかである。

バノン氏は政権に残るが、政権に残るだけである。トランプ政権における反グローバリズムは娘への個人的な感情によって死んでしまったということである。今後のトランプ政権の方針は、イヴァンカ氏とクシュナー氏を中心とするグループが決めてゆくことになるだろう。