ドラッケンミラー氏: 誰もソロス氏の為替理論を理解していない

引き続き、スタンレー・ドラッケンミラー氏のHow Leaders Leadによるインタビューである。今回はドラッケンミラー氏がかつての上司ジョージ・ソロス氏の為替理論について語っている部分を紹介したい。

ソロスの錬金術

ドラッケンミラー氏はジョージ・ソロス氏のクォンタム・ファンドを長年運用し、1992年のポンド危機におけるポンド空売りなど有名なトレードを成し遂げたことで知られるが、前回の記事でドラッケンミラー氏はソロス氏を初めて知った時のことを次のように述べていた。

彼の本を読んだんだ。誰もこの本を理解していないようだが、この本の中に為替相場に関する章があり、わたしはそれに夢中になった。

彼の本とは、ソロス氏の著書『ソロスの錬金術』のことである。この本はソロス氏が自分の投資理論を自分で詳細に説明したもので、当時のポートフォリオをリアルタイムで記録した投資日記まで付いているにもかかわらず、金融業界でも読む人がほとんどいない。

そんな本が数千円で手に入るにもかかわらず何故誰も読まないのかと言えば、ドラッケンミラー氏の言うようにその内容を「誰も理解していない」からである。

ソロス氏の為替理論

だが筆者やドラッケンミラー氏にとってこの本は宝の山である。ということで、今回は『ソロスの錬金術』に書かれたソロス氏の為替理論について、ドラッケンミラー氏の実際のトレードに沿って説明してゆきたい。

ドラッケンミラー氏が話しているのはベルリンの壁崩壊時にドイツの通貨だったドイツマルクをトレードした時のことである。ドラッケンミラー氏は次のように述べている。

ベルリンの壁が崩壊したとき、ドイツマルクが数日急落した。共産主義者による東ドイツの通貨、オストマルクがドイツマルクと統合され、伝統的な考えでは通貨の価値を毀損すると思われたからだ。

当時、共産圏だった東ドイツは西ドイツに吸収される形で統合された。西ドイツの通貨だったドイツマルクは、より質の悪い東ドイツの通貨を吸収することで為替レートが下がると想定されていた。

だが統合後のドイツ経済を思い浮かべたドラッケンミラー氏は別の考えを持っていた。彼は次のように述べている。

だがわたしの見通しは、東ドイツからの労働力の供給によって経済は大きく成長するが、恐らく大幅にインフレになるというものだった。

貧しい東ドイツを吸収するのだから物資が足りなくなる。それで物価が高騰するわけである。

インフレと金利と為替相場

インフレは、それ自体は通貨にとって下落要因である。インフレとはものに対して通貨の価値が落ちることだからである。

だが、コロナ後のドル相場がそうだったように、インフレになればすぐに為替レートが下落するわけではない。ドラッケンミラー氏は次のように述べている。

わたしはワイマール共和政がハイパーインフレに進んでいった過程を興味深く研究していた。

ドイツ連邦銀行がインフレを許さないことは分かっていた。

ワイマール共和政は第1次世界大戦後のドイツのことで、敗戦して賠償金を払えなくなったドイツはハイパーインフレを引き起こして借金をなかったことにした。円安を引き起こして政府債務をなかったことにしようとしている日本政府に似ている。

だが借金はなくなった一方でドイツ国民はインフレがトラウマになったので、ドイツ人はインフレが嫌いなのである。

だとすれば、ドイツはインフレを打倒するために金利を上げるはずである。金利高は為替レートにとってプラスに働く。

通貨にとってインフレはマイナスだが、金利高はプラスである。では為替レートはどうなるのか。ドラッケンミラー氏は次のように述べる。

そしてこれはその何年も前に読んでいたソロス氏の著書にもあったことだが、経済が強く、なおかつ中央銀行がインフレを退治するために金利を急激に上げる時には、その国の通貨は上昇する。

金利と財政赤字

ソロス氏の理論では、インフレがあっても経済が無事で中央銀行が利上げをしている局面では為替レートは上昇するという。それはコロナ後のドル相場にまったく当てはまる。

しかしそれは何故なのか。『ソロスの錬金術』を読むと、もう1つの要点が財政赤字であることが分かる。

この本では、財政赤字が金利上昇をもたらし、金利上昇が為替レートを上昇させる様子が説明されている。

政府は財政赤字を補填するために国債を発行しなければならないが、国債の大量発行が国債価格を下落させる。債券にとって価格下落は金利上昇を意味するので、財政赤字で金利が上昇するのである。コロナ後のアメリカも同じような状況にある。

結局のところ、財政赤字と利上げによる為替レートへのプラスが、短期的にはインフレによるマイナスを上回ることになる。だからインフレと財政赤字と利上げで為替レートは上昇するのである。

結論

よって当時のドイツマルクは、コロナ後のドル相場と同じように上昇していったわけである。ドラッケンミラー氏は次のように述べている。

だからドイツマルクは数日の間投げ売りされたが、わたしはドイツマルクを買い続けた。それは明らかに上手く行った投資となった。

だがソロス氏の為替理論で重要なのは、インフレ初期の通貨上昇が一連の経済サイクルの一部に過ぎないということである。つまり、この話には続きがある。

この話の中で財政赤字が他に重要なのは、実体経済が強い間だけ利上げを続けることが出来るということである。財政赤字は短期的には経済を支えることができる。だから経済活動を抑制する利上げを行なっても一定期間は持ちこたえられ、通貨高は続く。これもコロナ後のアメリカ経済と一致している。

だがソロス氏は『ソロスの錬金術』において、その後経済が減速して高金利を続けられなくなり、通貨高に惹かれた外国からの資金流入が途絶えたとき、上記の通貨高トレンドは逆転すると述べている。

インフレ・財政赤字・高金利のサイクルが終わるとき、ドルはどうなるのだろうか。楽しみに待ちたい。


ソロスの錬金術