グレアム氏: 株式はいつどんな高値で買っても良いわけではない

経済学者であり、ウォーレン・バフェット氏のコロンビア大学における師としても知られるベンジャミン・グレアム氏が、有名な著書『賢明なる投資家』において1970年代のインフレ相場における株価の推移について語っている。

グレアム氏とインフレ相場

グレアム氏の『賢明なる投資家』は1949年に出版されて以来、バフェット氏を含む多くの投資家に読まれてきたが、1973年に出版された版(日本語版もこの版である)の序文において、当時の株式市場について語っている。

ここの読者には周知の事実だが、1970年代は世界的な物価高騰の時代である。そしてこれも周知の事実だが、インフレの時期には株価はデフレの時期とは長期的に違った動きをする。

グレアム氏が1973年の版を執筆していたのは、そのインフレ相場の始まりの時期である。グレアム氏は当時の状況について次のように述べている。

1970年5月までに株価がおよそ35%下落した。

1970年の不景気にもかかわらず、消費者物価と卸売物価のインフレは根強い。

結局、インフレ率は15%近くまで上がり、1980年にポール・ボルカー議長が強力な金融引き締め政策でインフレの時代を終わらせることになるのだが、この時のグレアム氏はまだそれを知らない。

グレアム氏が経験したのは、そのインフレ相場の最初の株価暴落である。当時のダウ平均は次のように推移している。

だがこの物価高騰の時代の株価の乱高下はこれでは終わらなかった。その後も株価は激しい値動きを続けた様子を、グレアム氏は次のように述べている。

1971年にこの版の初稿が書かれた頃、ダウ平均は1970年の底値の632ドルから強力に回復し、1971年の高値である951ドルへ向けて上がっているところだった。市場は楽観が支配していた。

最終稿を書き終わった1971年11月には、ダウ平均は797ドルに向けた下落の痛みの中にあった。市場は今度は未来への不安に満ちていた。

株式をいついくらで買うべきか

1970年代の株価の不安定は残念ながら1971年では終わらないのだが、グレアム氏によれば少なくともここから得られる教訓があるという。

グレアム氏は次のように述べている。

1969年から1970年にかけての株式市場の下落の大きさは、過去20年で支持を得ていた幻想を打ち消すのに十分だった。

その幻想とは、最終的に利益が出るからという理由だけではなく、多少の下げがあっても株価はすぐに回復して高値を目指すだろうから、株式はどんな時にどんな値段で買っても良い、というものだ。

1970年代のインフレ相場に入るまで、米国株は数十年上がり続けた状態だった。戦争によるインフレが終わり、低インフレの時代が続いていたからである。

それまでのダウ平均は次のように推移していた。

デフレの時代には何故株価が上がるのか。中央銀行が自由に金融緩和できるからである。結局その金融緩和が1970年代の物価高騰を引き起こすのだが、中央銀行や政治家が後のことを気にするわけがない。

だがバリュー投資の創始者として知られるグレアム氏にとって重要なのは、このデフレの時代の金融緩和によって米国株のバリュエーションが極めて割高になっていたことだろう。だからグレアム氏は「株式はどんな時にどんな値段で買っても良い」わけではないと言っているのである。

そして割高なバリュエーションはデフレである限り維持されるが、インフレになり金利が上昇すると、低金利に支えられていた割高なバリュエーションが徐々に崩壊し、長期の株価低迷に繋がる。

結局、米国株は1970年代のインフレ相場を次のように推移した。

1973年からの50%近い暴落を含め、15年間を横ばいかやや上昇で過ごしたように見えるが、株価が多少上がったのに対して物価は3倍になっているので、米国株は実質的には15年でほぼ3分の1になったのである。

そしてそれは金利上昇の時代において、預金のパフォーマンスにボロ負けしている。

結論

グレアム氏の警告は正しかった。上がり続けている割高な株を盲目的に買い続けると、最終的には価格の下落による調整を受けるだろう。

グレアム氏は次のように述べている。

株式市場は「通常の状態」へ回帰していった。「通常の状態」とは投機家も投資家も持ち株の上昇だけでなく、大きな、そして恐らくは長期の下落にも備えなければならない状態のことである。

「長期の下落」に備えなくて良かった状況が数十年続いていた。それは1970年代のことだろうか、それとも今のことだろうか?

あまりに多くの人々が「多少の下げがあっても株価はすぐに回復して高値を目指すだろうから、株式はどんな時にどんな値段で買っても良い」と思っている時代とはいつのことだろうか。

人々は米国株が数十年上がり続けていることを喜んでいる。それは、1970年代にそうなった通り、米国株が永遠に上がり続けるということよりは、そろそろデフレ相場が終わるということを意味している。

だから今の株式市場にとって最大のリスクはインフレの再燃である。そしてインフレが再燃するとき、米国株が割高だったのかどうかが問われる。

今や投資の古典となっているグレアム氏の『賢明なる投資家』は、まさに割高を避けるための投資の本である。S&P 500を盲目的に買っている人ほど読むべきだろう。


賢明なる投資家