ここでは機関投資家御用達の名著をいくつか紹介しているが、今回の記事ではまた新たに1冊加えたい。ニール・ハウ氏の『フォース・ターニング』である。
金融市場の歴史を眺める方法
コロナ以後、ヘッジファンドマネージャーの中に金融の歴史を振り返る人が増えている。
現金給付による物価高騰で1970年代の物価高騰時代を思い出す人もいれば、以下の記事のレイ・ダリオ氏のように、現在の金融市場の動きが1929年から始まる世界恐慌後の金融市場の動きに似てきていると考える人もいる。
一方で、過去数十年の株価チャートを持ち出し、米国株は上がり続けているからこれからも上がり続けると考える人もいる。
どちらも歴史を参考にしているが、どちらが正しいのか。
ハウ氏による時間の理論
DoubleLine Capitalのジェフリー・ガンドラック氏がハウ氏の名前を挙げていたことを思い出したい。
金融の歴史の研究といえばヘッジファンド業界では上記のダリオ氏だが、ガンドラック氏はデフレの時代が終わりインフレの時代が戻ってきているというダリオ氏の見方に同意した上で、次のように語っていた。
わたしやレイ・ダリオ氏やニール・ハウ氏が語っていることは同じことだ。歴史とサイクルを理解すること。
今回紹介するハウ氏は、このハウ氏である。彼は『フォース・ターニング』において、人間が歴史を振り返る複数の方法を紹介している。
まずは時間とは「混沌とした時間」であると考えるやり方である。
ハウ氏は次のように述べている。
「混沌とした時間」においては、歴史に道筋はない。出来事はただランダムに起き続けるだけで、その繋がりに意味を求めることは無意味である。
それが未開人の最初の直観だった。彼らにとっては、自然界における変化は人間の制御や理解の及ばないものだった。
それが恐らく人類の最初の状態だっただろう。人類は最初、時間という概念を持っていなかった。だから歴史など存在しなかった。
周期的な時間
だがそこから人類は時間は繰り返すということを発見してゆく。
ハウ氏は次のように続けている。
古代人が惑星の運行(地球の動き、太陽の動き、月の動き、星の動き)と人間の活動(睡眠と起床、妊娠と出産、種蒔きと収穫、狩猟と食事)との間に関係を見つけたとき、「周期的な時間」が生まれた。
人間は時間には周期性があるということを発見する。朝と夜は繰り返し、春と夏と秋と冬は繰り返す。人間はこの繰り返しに従って、狩猟や農耕のリズムを整えることを覚えた。それが人類の伝統的な歴史観である。
それはほとんどGDP成長のない産業革命以前の経済を象徴するものかもしれない。GDP成長とは実質的には産業革命以後に生まれたものである。周期性とは繰り返しであり、その繰り返しが同じものである限り、進歩は存在しない。
直線的な時間
しかし人類の歴史には、その伝統から抜け出す一派が出現した。産業革命後の西洋文明である。
ハウ氏によれば、ヨーロッパ人は時間を進歩の連続であると捉えた。目標を立て、それを実現し、そしてまた次の目標を立ててゆく。
それはまさに近代化の過程であり、ハウ氏によれば、時間に対するこうした見方こそが近代における西洋文明の成功に貢献した。
ハウ氏は次のように述べている。
直線的な時間の大きな成果は、人類に自分の進歩に対する意味ある自信を与えたことだ。直線的な時間を持つ社会には、明確な精神的目標(正義や平等)と物質的目標(快適さや豊かさ)があり、それを実現するために着実に進んでゆくことになる。
ヨーロッパ人の中でも特に進歩的な人々は新たな成功を目指して新大陸(アメリカ)に渡ったから、この価値観はアメリカにもっとも良く受け継がれている。周期的な時間は伝統的な国家のもので、直線的な時間は前衛的な国家のものなのである。
直線的な時間の欠陥
さて、それでは直線的な時間は万能なのだろうか。直線的な時間は、まず単に事実に反している。時間には明確な繰り返しがあるが、直線的な時間はそれを無視している。
特に投資家にとっては、存在する情報を無視することは致命傷に繋がりかねない。ハウ氏は次のように述べている。
物事が上手く行っている時は、直線的な時間の弱点は問題にならない。しかし物事が上手く行かなくなると、直線的な時間は破綻しかねない。
進歩を前提にした時間感覚は、本当に文明が進歩し続けている限りは上手く行くだろう。しかし歴史には進歩もあれば後退もある。それが周期的な時間の考え方である。それが周期的に繰り返される。
しかしその事実を無視して、実際には状況が悪化しているのに、歴史は常に直線的であると信じ続けるとどうなるか。例えば第1次世界大戦に突っ込んでいった西洋文明が次に目指すところは、直線的には第2次世界大戦だった。
この話は恐らく、以下の記事で西洋諸国の移民政策や戦争政策について、西洋文明は自殺していると評したことと関連しているだろう。進歩しか前提としない西洋文明は、自分が後退していることに気づいておらず、そのまま直進していっている。
失敗を前提としていない西洋文明
だから歴史から学ぶことが重要なのである。そして歴史から学ぶということは、歴史の周期性を理解するということである。状況が悪化しているのに、そのまま直線的な時間を信じれば状況は最悪のところまで行ってしまうだろう。
そしてこの直線的な時間概念は、アメリカに影響された日本人にも大きく影響を及ぼしている。例えば米国株は直線的に上がり続けると信じていることである。
しかし実際には株式市場にはサイクルがある。それこそがレイ・ダリオ氏が『巨大債務危機を理解する』や『世界秩序の変化に対処するための原則』などの著書で解説している経済のサイクルである。
多くの日本人は、米国株は直線的に上がり続けると信じている。しかしダリオ氏は例えば、米国株が長期で停滞した期間が歴史上存在することを指摘している。
そしてサイクルは繰り返す。
結論
現実には、株価にはデフレとインフレのサイクルが存在し、デフレの時は金融緩和で長期的に株高になるが、インフレの時は金融緩和が出来ないので長期的に停滞する。
しかしコロナ禍のあった2020年まで40年間もデフレが続いたために、人々はサイクルの存在を忘れているのである。
ハウ氏の著書『フォース・ターニング』は、まさにそのことに関する本である。実はこの本は1997年に書かれた本なのだが、まさに2025年の状況に適用できるハウ氏の理論に読者は驚いたのではないか。
だからガンドラック氏やラッセル・ネイピア氏を含む、ここでも紹介している何人もの専門家がハウ氏の本を今持ち出しているのである。ダリオ氏の著書とともに読むことをお薦めしたい。
(※日本語版の情報を追加しました。ただ、英語で読める人には原書の『The Fourth Turning』(英語版)をお薦めします。)