移民危機からウクライナまで: 西洋文明は自殺しようとしている

読者も知っての通りここでは経済と金融市場をテーマとした記事を書いているが、今日はより大きな枠組みで西洋文明を考えることで、アメリカやヨーロッパの経済の行く末を考えてみたい。

「西洋」の起源

西洋は恐らくギリシャから始まると言うべきだろう。ヨーロッパ南部のイタリア半島から中東のカブールに至るまで、現在のヨーロッパと範囲は異なるが大帝国を築いたギリシャ人たちは、明らかに現在のヨーロッパ文明の基礎となっている。

その後ギリシャを征服したローマ人の時代まで、ギリシャ帝国とローマ帝国は東の中国に匹敵する経済規模を誇る文化圏だった。

だが4世紀にローマ帝国が西ローマ帝国と東ローマ帝国に分裂した後のヨーロッパは実はあまり振るっていない。7世紀に始まる中国の唐の時代には唐は明らかに世界一の大国であったし、13世紀にはモンゴル帝国(元王朝)が中国から出発し東ヨーロッパまでを勢力圏に収めていた。

ヨーロッパが持ち直したのはオランダが17世紀にオランダ東インド会社を設立してオランダ海上帝国となった頃からである。鍵となったのは優れた造船技術であり、船を使って他国を侵略する方法はその後のイギリス帝国に受け継がれている。この辺りの経緯はBridgewaterのレイ・ダリオ氏が解説している。

現代人は忘れがちだが、西洋が大国となったのは歴史上では比較的最近のことである。そして歴史上の覇権国家がそうであったように、その繁栄の方法は軍事力による侵略だった。

世界史を勉強した人ならば分かるように、西洋の歴史とはほとんど戦争の歴史である。その戦争の系譜は最終的に世界大戦となって世界中を巻き込んだ。

西洋の覇権は第2次世界大戦を支配したアメリカ合衆国に受け継がれたが、侵略によって繁栄する戦争ビジネスは第2次世界大戦において頂点に達したと言って良い。

人的コストが大きすぎるということに西洋人はやっと気付いたのである。それは恐らくは、戦争によって直接利益を受ける産業と一般人の利益背反という形で政治に反映されただろう。

覇権国家アメリカの選択

アメリカは覇権を握った。覇権国には侵略によって繁栄する権利(少なくとも力によって与えられた権利)がある。だが世界大戦をもう一度繰り返すことは戦勝国となった西洋の民間人にとっても許容できない政治判断となっていた。

誰もが知っての通り、アメリカは戦争を止めた訳ではない。オランダ海上帝国が反映し、武器商人と造船業者が大いに儲かったように、戦争は儲かるからである。

ではアメリカはどうしたか? 他国に戦争をやらせることを選択したのである。ベトナム戦争は北ベトナムと南ベトナムの戦争である。朝鮮戦争は韓国と北朝鮮の戦争である。本来ベトナムにも朝鮮にも自国民と殺し合う必要はないはずなのだが、それがアメリカ人の人的被害を最小限に抑えた上でアメリカが戦争で利益を得るために編み出した方法だった。

ターゲットとなった小国にはとんでもない話だが、それに乗せられて自国民同士で争った彼ら自身にも非がないとは言えない。自衛するためには賢明であることである。

アメリカが経済大国である限り、それは許された。第2次世界大戦から数十年の間はアメリカに匹敵する国家は存在しなかった。

しかしオランダ海上帝国と大英帝国が衰退したように、どの覇権国にも寿命はある。ヨーロッパも全体としてはかつての覇権国が衰退した状態と言えるだろう。

そしてアメリカにも限界が来始めている。レイ・ダリオ氏が指摘したように、経済的に衰退し始めた大国はそれを見かけ上維持するために紙幣を印刷し、その紙幣で見かけの富を作り上げる。だが結局は紙幣の価値が時間差で暴落してその覇権は終わりとなる。

西洋における政治の変調

紙幣印刷は国家の衰退の末期に行われる政策である。そして紙幣印刷の前に行われる政策は何だろうか? ここの読者には言うまでもないことだが、低金利政策である。まず金利を下げて低下する成長率を浮揚しようとするが、ついに金利もゼロになり、その後に紙幣印刷が行われる。

金利はアメリカでは1980年頃から30年かけて低下し、リーマンショックによってついにゼロになった。以下はアメリカの政策金利の長期チャートである。

これはアメリカの覇権の衰退を表すチャートであると言い換えても良い。生産力を上げることではなく、金利を下げることに頼らなければ経済成長を維持できなくなったということだからである。だがダリオ氏はこう言う。

われわれが消費をできるかどうかはわれわれが生産できるかどうかに掛かっているのであり、政府から送られてくる紙幣の量に掛かっているではない。

紙幣は食べられない。

そして奇遇にも西洋の政治の世界が段々おかしくなってきたのは金利がゼロになってからではなかろうか。

2015年の移民危機

まず始まったのは移民危機である。そもそも中東を戦場にしたのは西洋諸国のやったことなのだが、この中東で戦争が起こって人が暮らせないから移民を受け入れろということをアメリカやヨーロッパのいわゆるリベラル派の人々が言い始めたわけである。

傍から見れば西洋が中東から撤退すれば良いだけだろうという笑い話なのだが、この話の更におかしいのは、実際に大量にヨーロッパに流入したのは戦場となっていたシリアの人々ではなかったということである。

つまり彼らの大半は難民ではなかった。自国でも暮らせたが、ドイツなどでタダ飯が保証されると知った中東人が大量にヨーロッパに押し寄せ、多くが地中海で溺れ死に、多くはヨーロッパに到達してタダ飯を食らった上にヨーロッパで強姦や殺人を行って社会問題となった。

はっきり言って、ヨーロッパが中東に好かれているわけがないので当たり前の結果なのだが、この辺りから西洋人の自殺行為は始まっている。

2016年は西洋にとって政治的動乱の年だったと言えるだろう。EUの移民政策に反発したイギリス人(彼らは沈む船からいち早く逃れる能力に関しては世界一である)がEUを離脱した。

そして同じ年に同じく移民政策に反対したドナルド・トランプ氏がアメリカ大統領に当選している。

気候変動という宗教

西洋も一枚岩ではないので、移民政策という移民にも西洋にも得にならない自殺行為に反対していた人もいるということである。

それでアメリカやヨーロッパの政治は酷い分裂状態にある。トランプかクリントンかで離婚した夫婦もアメリカでは少なくない。

日本で岸田氏かそうではないかで離婚する夫婦はいないだろう。西洋では何が起きているのか? 何が彼らをそこまで政治に熱狂させるのだろうか。

もう1つの例は気候変動である。こちらも日本人には理解しがたいだろうが、西洋には「緑の党」など、気候変動専門の政党が存在し、結構な議席を獲得している。

もともと西洋人には「日本人は何故くじらを食べるのか」と聞いてくる馬鹿な輩もいたが、そうした潮流がクライマックスに達していると言っても良いだろう。

彼らは自らのエネルギー源を断ち始めた。石炭発電、火力発電、原子力発電のすべてを否定し、太陽光(冬場は大体雪の下に埋まっている)や風力(無風時にはかかしである)で安定した電力供給を行うという夢を追いかけた。

「ESG投資」などが推奨され、原油などの化石燃料を採掘する業者への融資を制限して業者は原油を掘れなくなった。

結果どうなったか? ここの読者には言うまでもないと思うのだが、原油価格が高騰している。以下は原油価格のチャートである。

産油国だったアメリカでもガソリン価格の高騰に苦しんでいるが、資源国ではないヨーロッパでは電力価格が数倍に膨れ上がり、厳しい冬を暖房なしで過ごさなければならない人々が続出している。

この結果が分からなかったのだろうか? 移民政策でも大概だったが、ここまで来れば西洋人の自殺行為は明らかである。

ウクライナ危機

そしてウクライナだろう。ウクライナは戦後のアメリカの戦争戦略の総決算である。

覇権国家アメリカの新たな戦略は、他国に戦争をやらせることだった。だが素人が見ても明らかにアメリカには力がなくなっている。アフガニスタンではタリバンに実質的に敗北した。

バイデン大統領が米軍を撤退させる時にアメリカの最新鋭の兵器と民間人をうっかり置いてきてタリバンにプレゼントしたことはさておき、アメリカが中東から撤退するのは良いことである。

しかしその結果は何をもたらすだろうか。勢力範囲を狭めても、アメリカの戦争体質は変わらない。

NATOはアメリカが他国に戦争をやらせるために作った勢力である。その勢力はどんどん東に向けて伸びてゆき、ゼレンスキー大統領がNATO加盟を目指したように、ロシア国境沿いのウクライナに届くところだった。

ウクライナ政府がNATOに加盟しようとしたのは、アメリカとEUによって支援された暴動によって2014年に親露政権が追い出されて以来である。その後の政権はアメリカのビクトリア・ヌーランド氏によって決められているため、ウクライナ政府の方針は実質的にアメリカの方針である。

つまりゼレンスキー大統領はアメリカの目的を叶えるために自国民を生贄にしたということになる。

アメリカが覇権国のままならば、ベトナムや朝鮮半島の例と同じように、犠牲になるのはアメリカ国民ではなくウクライナ国民のはずだった。アメリカの目的は自国の被害なしにそれで果たされるはずだったのである。

だが今回はどうだろうか? アメリカに人的被害は出ていないが、産油国であるロシアに制裁を加えたために、元々酷くなっていた原油価格の高騰が更に酷くなりつつある。

特に元々資源不足で危機的状況にあったヨーロッパはかなり厳しい状況だろう。しかもそれは原油や天然ガスだけではない。小麦など農作物にも飛び火している。

それでも大手メディアに「邪悪なロシアを罰する」勧善懲悪物語を吹き込まれた西洋の愚かな人々は、自分の生活と経済を犠牲にしてでもこの無意味なNATOの戦争に参加することを良しとしている。

西洋の覇権の終焉

リーマンショックで金利がゼロになって以来、様々なことが起きた。移民危機、脱炭素政策によるエネルギー価格高騰、そしてウクライナである。

もともと資源価格の高騰を予想していた筆者だが、今の商品市場はインフレ、脱炭素、ウクライナなど別々の要因が偶然組み合わさって上げ相場になっているように一見見える。

だがこれは偶然だろうか? そうではないというのが筆者の今回の趣旨である。

つまりこれは、オランダ海上帝国の時には優れた造船技術を持ち、大英帝国の時には産業革命で機械を使って大量生産を行った西洋人が、ついには自分の生産力を高めることを止め、意味不明の政治的理想のために自分と他人と経済を犠牲にし続ける長期トレンドの一環ではないか。

今の西洋の状況は、ダリオ氏の「紙幣は食べられない」の言葉に尽きる。エネルギーは生産しなければ手に入らない。移民を無理矢理連れてきて、あるいは地中海で溺死させても何の得にもならない。ウクライナ人を対ロシアの尖兵には使ったが、しかしアメリカの国力が弱った結果、戦場は中東からヨーロッパにシフトした。

ウクライナ人には申し訳ないが、最後の1つは世界にとって良いことだろう。そして最後にはヨーロッパとアメリカ自身が戦場になる。彼らの戦争なのだから、それが正しい姿だろう。そして日本人は喜んで巻き込まれてゆくのだろう。

結論

こうしてオランダ海上帝国に始まった西洋の覇権は終わりを告げる。今われわれはその長い長期トレンドの最終局面を見ているのである。

市場にはどう作用するだろうか。まずはインフレ、そして金利上昇による株価暴落だろう。しかもインフレは1回ではなくコロナのように波になって何度も訪れるだろう。

そしてクレディスイスのゾルタン・ポズサー氏によれば、紙幣からゴールドなど現物資産への逃避が起きるだろう。

これは大英帝国やオランダ海上帝国にも起きたことである。しかしこの状況を早くから予見していたダリオ氏は、怪物だと言っても差し支えないだろう。