5倍に高騰しているヨーロッパの天然ガス価格とインフレ危機

アメリカのインフレは世界の株式市場にも影響を与えることもあり、投資家の間では広く認知されているが、実際に消費者への打撃がより深刻なのはヨーロッパにおける物価高騰だと言えるだろう。今回はそのことについて書いてみたい。

ヨーロッパにおける物価高騰

まずアメリカのインフレ率は7.9%に達しており、40年来の物価高騰水準となっている。

元々はアメリカの現金給付によって始まったインフレだが、インフレは一度始まると将来のインフレを恐れて人々がどんどんものを買うため、止めなければどんどん広がってゆく。

著名投資家は早くから物価高騰を警告していたにもかかわらず、中央銀行が「インフレは一時的」と言い張って金融緩和を止めなかった。結果として、今やインフレは世界的な現象となっており、例えばヨーロッパでも物価が高騰している。

ではユーロ圏のインフレはどうなっているだろうか? 以下がユーロ圏のインフレ率のチャートである。

最新2月のインフレ率は5.9%となっている。

非産油国のヨーロッパ

インフレ率自体はアメリカの7.9%より低いが、そもそもユーロ圏のインフレ率はアメリカより低かったことを考えれば、コロナ前からの上昇幅にはあまり差がないと言える。

そして何より重要なのは、ヨーロッパの国々はノルウェーなどの例外を除いて、基本的にエネルギー資源を持っていないということである。

アメリカは世界有数のエネルギー資源輸出国である。シェール技術のお陰でアメリカの産油量は爆発的に増え、エネルギー資源が不足すれば輸出を減らして自国に回すことも出来る。

だがヨーロッパはどうか。自国に原油や天然ガスがなければ、輸入するしかない。これだけでも状況は不利なのに、地球温暖化に取り憑かれたヨーロッパ人は脱炭素政策で化石燃料を葬ってしまった。

しかもドイツなどは元々原子力発電を拒否している。けむりを避けるのも放射線を避けるのも良いが、安定供給できるエネルギー源をすべて拒否すれば残るのはろうそくである。

だが彼らは牛のゲップが地球温暖化を招くから牛を減らせと本気で主張する人々である。脱炭素政策をほとんど第2のキリスト教として信奉し、しかもSDGsだかESGだかとして他国にも布教する彼らは、この自殺行為を本当にやってしまった。

最後のとどめとしてのウクライナ危機

そこにウクライナ危機である。エネルギー資源にそもそも乏しい彼らがエネルギー資源を何処から輸入していたかと言えば、ロシアである。

ロシアからパイプラインを通じてヨーロッパに供給される天然ガスは、EUへの供給の40%を占めている。そして天然ガスは原油とは違って持ち運びが難しい(気体のままパイプラインで運ぶか、液体にして特殊なタンカーで運ぶ)ため、代わりを用意するのは容易ではない。

この状況でNATOがウクライナをけしかけて対ロシア用の核兵器を設置しようとしていた状況は狂気としか考えられない。相手に依存しながらその相手を嫌っているのである。あるいはNATOのブレインはアメリカにあると考えれば、ヨーロッパもアメリカの尖兵にされたと言うべきだろうか。

そしてウクライナ危機が起こり、ヨーロッパは最悪のタイミングで(しかも自らの手で)ロシア産の天然ガスと手を切ろうとしている。

ロシアはヨーロッパに天然ガスを売らないとは言っていない。だがEUがここに来て輸入停止を考えている。天然ガスの大部分をロシアに頼っていたEUがロシアからの輸入を止めれば、元々エネルギーが不足していたヨーロッパにおける天然ガス価格がどうなるかは誰にでも分かるだろう。

ヨーロッパの天然ガスの価格チャートは次のようになっている。

2021年には20ユーロだった天然ガス価格はいまや5倍以上になっている。

重要なのは、エネルギーのインフレは消費者はどう頑張っても避けることができないということである。

小麦が高騰すればパンではなく米を食べれば良い。服が高ければいつもより安いものを買えば良い。しかし高騰する電気代だけはどうにもならない。

その分だけヨーロッパのインフレは他国よりも深刻であり、フランスなど現金給付に頼ってインフレを乗り切ろうとする馬鹿な国もあるが、どう考えても逆効果で、物価はどんどん上がってゆくだろう。

結論

これが現金給付と脱炭素政策とNATOによる対ロシア戦略が合わさった効果である。

非西洋人には理解しがたいこのヨーロッパの行動を、筆者は西洋文明の自殺の長期トレンドと呼んだ。

この長期トレンドはヨーロッパにも移民にも被害をもたらした移民政策から始まっている。現金給付も脱炭素政策もウクライナ危機も互いに関係ない別々の出来事のように見えるが、その本質は自分で生産せずに何かを実現しようとすることにある。

これは恐らく、ろくに働かずともある程度の生活が出来てしまう先進国の病であり、産業革命の頃には非常に生産的だった西洋人は、今では他人のためになる商品やサービスを生産せずに、現金給付に頼って生活し、政治的妄想のために人生の大半を捧げている。

これが長らく続いた西洋の覇権の終わりである。勿論それは長期トレンドなので、2022年に一気にそれが起きるということではない。しかし筆者の行っているユーロの空売りなどには中期的にも有効に働く相場観だろう。