引き続き、The Solid Ground Newsletterのラッセル・ネイピア氏の、Resolution Foundationによるインタビューである。
今回は、トランプ政権の貿易戦争が中国の金融政策に与える影響について語っている部分を紹介したい。
中国の巨額債務
これまでの記事でネイピア氏は、中国が1990年代以来、人民元をドルにある程度連動させると同時に、貿易黒字を使って外貨準備にドルを積み上げてきたことを説明していた。
だからトランプ政権が中国の貿易黒字を嫌うとき、トランプ氏自身は理解していないが、それは中国の米国債保有を嫌っているも同然なのである。
だがネイピア氏によれば、人民元の価値をドルに対して維持しながら貿易黒字を使ってドルを買い続けるスキームは、そもそも中国にとってもはや機能していないという。
ネイピア氏は次のように述べている。
では、何故それはもはや中国にとって機能していないのか? 何故中国にとって状況はどんどん悪くなっているのか? 何故中国はそのシステムから抜けようとしていて、そうなればどうなるのか。
中国は今やGDP比でアメリカより多くの負債を抱えている。それがこのシステムが中国にとってもはや機能していない理由だ。
リーマンショックの頃は、まだ中国にはそれほどの負債がなかった。だがそれから15年以上が経過し、中国の不動産バブルが膨らんで崩壊した結果、中国経済全体の債務の量は世界屈指のレベルにまで膨らんでいる。
中国は金融緩和すべき
この状況に置かれている中国にとって必要なことは何か。例えばBridgewaterのレイ・ダリオ氏は金融緩和を行なうべきだと主張している。
ネイピア氏も同意見のようだ。ネイピア氏は次のように述べている。
中国がやることはこうだ。GDP比で債務を減らすために必要な名目GDP成長を確保するため、必要なだけ紙幣印刷を行なう。他の国もやっていることだ。
要するに日本のアベノミクスである。財政赤字を何とかするためにアメリカも同じことをやらなければならない状況に陥っているが、中国もそうだということか。
ネイピア氏は次のように続ける。
中国がやるべきことは、中央銀行のバランスシートを増やし紙幣を印刷することだ。だが、中国はそれに失敗し続けている。
金融緩和に踏み切れない中国
中国は金融緩和に失敗し続けている。それはどういうことか? ネイピア氏は次のように説明している。
中国は去年8月に習近平氏の主導でそういう政策を発表したが、それを1月に取り消した。
ダリオ氏が2024年前半に中国は金融緩和すべきだと表明すると、中国は同年後半にそのような政策を発表した。
ダリオ氏は中国高官と親しいので、恐らく中国政府はダリオ氏の助言を取り入れたのだろう。ダリオ氏はアメリカ政府にも助言しているから、考えてみれば凄まじい人物である。
それで中国株は2024年後半に高騰した。

中国の緩和停止
だが中国はそれを取り消さなければならなかった。何故か? ネイピア氏は次のように述べている。
地方債の買い入れで中央銀行がバランスシートを増やしながら為替レートを保つという2つのことを同時にやることができなかったからだ。
中央銀行が債券を買い入れる量的緩和は、日本人が一番よく知っているが、通貨を下落させる政策である。
だが中国は為替レートをドルなどの通貨に対してある程度固定している。それを維持しながら量的緩和をすることができなかったのである。
ネイピア氏は次のように述べている。
去年中国がリフレ政策を試みたとき、中国の外貨準備が減少した。
量的緩和をしながら為替レートを維持しようと思えば、外貨準備を無限に減らして自国通貨を買い支えなければならなくなる。
中国版アベノミクス
では、自国通貨を買い支えなければ良いのではないか。何故中国はそれほど自国通貨の為替レート固定にこだわっているのか? 中国は何故緩和できないのか?
それは中国人以上に日本人がよく知っているのではないか。
日本は1989年のバブル崩壊から2013年のアベノミクスまで、緩和政策に強固に反対していた。量的緩和にためらいのない今の日本やアメリカの常識で考えるから中国の姿勢が不可解に思えるのであって、むしろ彼らの感覚が普通なのである。
だが日本も結局は金融緩和という悪魔の実に手を出した。そしてインフレ政策によって見事にインフレを手に入れたのである。
だから中国が量的緩和に手を出すまでには日本人が思う以上の時間がかかっている。しかし日本のように20年以上かかるとは思わない。
何より、これまでに述べてきたように、トランプ政権が中国をそこに追い込もうとしているのである。
ネイピア氏は、結局中国は緩和政策を実行し、アメリカ製品を優位にしようとしているトランプ政権に対し、通貨安で更に安価になった中国製品を撒き散らすことで返礼すると予想している。
ネイピア氏は次のように述べている。
公に中国を敵だと見なしている相手に対し、中国がこのデフレの放出を行わないはずがあるだろうか?
結論
中国はまさに、日本が経験した不動産バブル崩壊から量的緩和までの途上にいる。
しかし中国もアメリカもアベノミクスの後を追うことになるとは、日本にとっては光栄な話ではないか。
だが筆者が思い出すのは、20世紀最大の経済学者フリードリヒ・フォン・ハイエク氏が著書『貨幣理論と景気循環』で次のように言っていたことである。
いま経済ではデフレが進行しており、それが永遠に続けば計り知れない悪影響を及ぼすということにはほとんど疑いがない。
だが、それはデフレが景気低迷の原因であるとか、現在のデフレを人工的な資金注入で打ち消すことでそうした景気低迷を解決できるとかいうことを決して意味しない。
もしデフレが企業の不採算の原因ではなく結果であるならば、単にデフレをインフレに逆転させることで好景気の永続を達成できると願うのは完全に無意味である。
だがこうした議論は現代人の頭からは完全に消えてしまったようだ。
どの国においても紙幣は紙切れになるしかないようである。筆者は貴金属に逃げさせてもらう。