世界最大のヘッジファンドBridgewater創業者のレイ・ダリオ氏が、アメリカの財政破綻を予想する新著『How Countries Go Broke』(仮訳:なぜ国家は破綻するのか)の英語版をついに出版した。
アメリカと日本の財政破綻
2018年に出版した著書『巨大債務危機を理解する』において現金給付を予想し、2020年に書き始めた『世界秩序の変化に対処するための原則』において世界的な物価高騰を予想したダリオ氏が、ついに新著を発売した。
以下の記事で紹介した通り、そこで予想されているのは覇権国家アメリカの財政破綻である。
アメリカの財政危機が避けられないことは、これらの記事で十分解説しているのでそちらに譲りたい。
だが一方で、ダリオ氏はアメリカだけが問題を抱えているとは思っていない。例えば、ダリオ氏は新著を紹介するブログ記事で次のように書いている。
日本経済の事例はわたしが新著で扱っている問題の良い例だし、これからもそうあり続けるだろう。
日本の債務問題の帰結
「新著で扱っている問題」とはもちろん財政破綻のことである。
なぜダリオ氏は日本は良い例だと言っているのか。日本の政府債務はGDPの2倍を大きく超えているが、それがどういう問題を引き起こしているのか。
ダリオ氏は次のように述べている。
もっと詳しく言えば、日本政府の債務の水準が非常に高いために、日本国債は酷い投資先となっている。
日本人の多くはこれを聞いて「日本国債を持っている人の話か」と思うかもしれないが、実質的に日本国債を持っているのはあなたがたである。何故ならば、日本国債の主な買い手は銀行であり、銀行は人々の預金で国債を買っているので、実質的には預金者が国債を買っているからである。
もっと厳密に言えば、国債の金利から来る利益は銀行に行き、リスクだけは預金者へ行く。だから預金者の立場は国債保有者よりも尚悪いのである。
日本円と日本国債の保有リスク
だが「国債保有のリスク」とは何だろうか? 国債は無リスク資産ではなかったのか? そこが今回の論点である。ダリオ氏の予想通り国家が破綻するなら、「無リスク資産」の国債はどうなるのか?
2つ言いたいことがある。まず国債は、人々が思っているような破綻の仕方はしない。そして日本国債は既に破綻している。
2つ目がポイントである。だからダリオ氏は日本国債のことを「酷い投資先」と言っているのである。それはもう破綻しているし、これからも破綻してゆく。
それがダリオ氏の言っていることである。ダリオ氏は2013年以降のアベノミクスで日銀が大量の紙幣印刷を行うようになってからの日本国債のパフォーマンスについて次のように言っている。
日本経済を支えるための低金利のせいで買われなくなった日本国債の需要不足を補うために、日銀は大量に紙幣印刷し日本国債を買い入れた。
その結果、日本国債を持っている人は2013年以来、米国債を持っている人に比べて45%の損失を抱えている。また、ゴールドと比べると60%の損失を受けたと言える。
日本人の生活を侵食する円安
ダリオ氏の言う「日本国債のリスク」とは、為替リスクを含んでいる。当たり前である。量的緩和(中央銀行が紙幣印刷で国債を買い入れること)は紙幣の価値を犠牲にして、数値上は国債の下落を防ぐことである。
だから量的緩和で日本円換算では国債価格は上がるが、実質的には日本国債の価値はむしろ沈んでゆく。
世界屈指のヘッジファンドマネージャーであるダリオ氏は常々、自国通貨を基準に物価や資産価格を考えることは金融の非専門家である人々の大きな間違いだと主張している。
一部の人々は、日本円で価値が下がらなければ日本人には問題ないと言う。だがこうした主張には今や現実が襲いかかっている。コメの値段が上がっている1つの理由はトラクターなどに使われる燃料代が上がっていることである。
アベノミクス以来、ドル円80円から150円に至る円安で、小麦や大豆などの輸入品の価格がほとんど倍になったのはただの事実だが、今やエネルギー価格の高騰などを通して国産品の価格まで上がっている。これが紙幣の価値が下落したことの現実である。人々はそれでも、為替など日本国内とは関係ないと言うだろうか。
結論
だから日本の豊かさを図る場合には、意図的に価値を下げられた日本円で資産価格や給料などを考えてはならない。円建てで価格が上がっても、それは価格が上がったのではなく円の価値が下がっただけである。
ダリオ氏は次のように言っている。
日本の労働者の平均的な賃金は2013年以来、アメリカの労働者の賃金に比べて58%下がった。
そしてそれが現実である。日本円の価値が下がることとは、要するにあなたの預金や給料の価値が下がることである。
だから同じ給料でもものが買えなくなる。それがインフレである。
給料を下げるのではなく紙幣の価値を下げれば人々は気づかないというのも、ダリオ氏の新著『How Countries Go Broke』(仮訳:なぜ国家は破綻するのか)の論点である。
それどころか、アダム・スミス氏でさえ同じことを指摘している使い古された問題なのである。
そして国家の財政破綻はそれを利用して起こる。だから国債の破綻とはまずデフォルトすることではない。紙幣の価値が下がることである。
ダリオ氏は次のように述べている。
新著では日本経済の事例についてまるまる1章使って詳しく説明している。
「国家の破綻はデフォルトよりも先に紙幣の価値下落によって起きる」というダリオ氏の予想の絶好の例だからだろう。
そして国家の破綻は紙幣の価値下落だけでは終わらない。それは始まりに過ぎない。最近、金融市場では日本の超長期国債の金利上昇が止まらないことが話題になっている。
紙幣価値下落の次の問題が日本経済に近づいている。筆者の手元にある英語版では、ダリオ氏は日銀の破綻可能性にまで言及している。
ダリオ氏の前著の場合、日本語版の出版は英語版の2年後だった。原文で読める人は原文で読んでおくべきである。

How Countries Go Broke