ここでも何度か紹介していた世界最大のヘッジファンドBridgewater創業者のレイ・ダリオ氏の新著『How Countries Go Broke』(仮訳:なぜ国家は破綻するのか)がついに発売された。
アメリカの財政危機に備える内容で、日本語版はまだだが、ダリオ氏もCNBCに登場し新著を紹介している。
なぜ国家は破綻するのか
新著のタイトルがタイトルだけに、金融業界の大人物であるダリオ氏を知らない人であれば、この本は一体何をテーマにしているのかと思うだろう。
司会者は当然ダリオ氏がどういう人物かを知っているので、『なぜ国家は破綻するのか』(日本語版はまだなので仮訳である)という意味深なタイトルにも怖気づかずに、世界でもっとも重そうなテーマに対して非常に軽やかな会話が行われている。
司会者「出版おめでとう」
ダリオ氏「ありがとう」
司会者「アメリカは破綻するの?」
ダリオ氏「そうだね」
アメリカは破綻する。それがダリオ氏の予想であり、ダリオ氏の見解を知っているここの読者であれば驚かないだろうが、順番を追ってダリオ氏の見解を追ってみよう。
アメリカはなぜ破綻するのか
ダリオ氏は次のように続けている。
この本を書いた理由は、過去50年投資家として債券を取引してきて、様々な債務危機を体験してきた。債務危機は繰り返す。何故そうなるかは理解されていない。
だからこの本では何故そうなるのかを、アメリカの場合にあてはめて説明している。
新著では、アメリカの破綻がテーマになっている。だがそこに至るまでには長い経緯があり、ダリオ氏のこれまでの本を振り返りながらそれを説明しよう。
巨大債務危機を理解する
まずダリオ氏が2018年に出した本『巨大債務危機を理解する』では、過去100年ほどのあらゆるバブル崩壊が解説されている。
最近のものでは2007年から2008年のリーマンショックから、30年前の日本のバブル崩壊、1997年のアジア通貨危機など、様々なバブル崩壊が網羅されている。
ダリオ氏はこの本で、単に個々のバブル崩壊をケーススタディ的に網羅したわけではない。ダリオ氏は金融政策が進化するということをこの本で説明している。
緩和政策は繰り返すと弾切れになり、新たな緩和策が求められるようになる。低金利政策はゼロ金利になった時に死んだが、低金利は量的緩和に進化し、量的緩和でも不十分となると現金給付に進化して緩和政策はついにインフレを引き起こした。
ダリオ氏はこの進化がリーマンショックからコロナ後だけの話ではなく、歴史上何度も繰り返されてきたいつものシナリオであることを語っている。
ちなみにラッセル・ネイピア氏によれば、この現金給付は次に資本統制に進化するらしい。量的緩和や現金給付で状況を解決できなくなったとき、政府は国民の資産を押さえ始める。
歴史上実際にそうだったのか。その通りで、ダリオ氏は資本統制が行われた事例にも触れている。
だが恐らくこの本で今一番重要なのは、1929年から始まる世界恐慌の解説だろう。世界恐慌と今には共通点がある。米国株と米国債とドルがすべてまとめて下落したことである。
関税危機が落ち着いたことで一時停止しているが、問題が根本的に解決したわけではない。
問題は、このトリプル安が起こった時代には、例外なく米国株は長期の下落相場を経験しているということである。
その状況が絶対に再現されるとは言わないが、世界恐慌後の米国株の動きを知らずに今の米国株に賭けることはできないだろう。
世界秩序の変化に対応するための原則
さて、ここからはコロナ後、つまり現金給付以後の話になる。ダリオ氏の次の本は2021年に発売された『世界秩序の変化に対処するための原則』である。
逆に言えば、ダリオ氏の凄いところは2018年の『巨大債務危機を理解する』に既に現金給付の話が載っているところである。
ダリオ氏はそれを予想的中させた。タイムマシンでも乗ったのかと突っ込みたくなる読者の気持ちをよそに、ダリオ氏はこの新たな本で、現金給付からインフレ発生の流れを説明し、そしてそれが覇権国家に起こったとき、覇権国家の衰退に繋がるという新たなシナリオを説明している。
ちなみにダリオ氏がこの本を書き始めたのは2020年であり、インフレはまだ起きていなかった。筆者が始めてインフレの可能性に言及したのも2020年10月である。
この本でようやく覇権国家アメリカの衰退ということがテーマになる。インフレがそのトリガーを引いたのである。
そしてそのためにダリオ氏が研究したのが、アメリカ以前に覇権国家だった大英帝国やオランダ海上帝国の衰退である。
覇権国家も衰退する。それは歴史的事実である。そして歴史上、覇権国家の寿命は100年ほどである。
だから筆者はよく言っているのだが、過去数十年の米国株のグラフを眺めて、米国株は過去数十年上がり続けたから今後数十年上がり続けると信じている人は、隣の山田さんが80年生きたからもう80年生き続けると本気で信じるようなものである。
だがダリオ氏の本から大英帝国やオランダ海上帝国の歴史を学んだ投資家は、もっと冷静に考えるようになるだろう。覇権国家には寿命があり、インフレこそが覇権国家にとどめを刺す癌なのである。
なぜ国家は破綻するのか
さて、そして今回の新著『How Countries Go Broke』(仮訳:なぜ国家は破綻するのか)である。
ダリオ氏は最初の本で緩和政策の終わりをテーマとし、次の本では覇権国家の興亡をテーマにして、新著ではついに覇権国家の破綻をテーマにした。もちろんダリオ氏はアメリカのことを言っている。
上で少し触れた米国株と米国債とドルの同時下落は、アメリカの債務がコロナ後の金利上昇によっていよいよ持続不可能になったことを示している。
だからダリオ氏はついに覇権国家の破綻をテーマにしたのである。
ダリオ氏は出版前から新著の内容をブログでいくらか紹介しているが、覇権国家の末期にはその通貨はどうなるのか、投資家は何を保有すれば良いのか、中央銀行はどう対応するのかなどの内容が掲載されている。以下の記事に載せている。
- レイ・ダリオ氏: インフレと通貨安で最後まで紙幣を持っている人々が大損する
- レイ・ダリオ氏: 株式はゴールドのようなインフレヘッジにはならない
- レイ・ダリオ氏: 通貨暴落を止めようとする中央銀行はやがて諦める
結論
このように、ダリオ氏のこれまでの本と同じく、ダリオ氏の新著はこれからの金融市場を生き抜く上で投資家にとって必須の本だろう。
残念ながら日本語版はまだなく、出版されるかどうかも不明だが、前著も英語版の出版から日本語版の出版まで2年ほどかかっているので、恐らく当分は出ないのではないか。
英語を読める人には、原著で読むことをお勧めしたい。日本語版があろうとなかろうと、原文で読めるならその方が良いだろう。
ヘッジファンドマネージャーの友人らと話しても、今や誰もがダリオ氏の予想を前提に金融市場を話している。そうした本が普通に売っているということは、幸福なことである。

How Countries Go Broke