世界最大のヘッジファンドBridgewater創業者のレイ・ダリオ氏の新著『How Countries Go Broke』(仮訳:なぜ国家は破綻するのか)の英語版がついに発売された。
ダリオ氏はブログを更新し、新著の内容を簡単に解説している。
インフレ政策がインフレを引き起こすまで
世界最大のヘッジファンド創業者として元々業界では世界的な有名人だったダリオ氏は今や、思想的な意味でも金融業界の中心にいる。4月に米国株と米国債とドルがすべて同時に急落しかかったことで、ダリオ氏が予想し続けてきた米国政府の債務問題によるアメリカからの資金流出が現実となりつつあるからである。
状況がそこまで進むには時間がかかった。大国の経済が減速するとき、その国はまず金利を下げることで経済を支えようとする。この低金利の時代は数十年続き、最後には政策金利はゼロになりそれ以上下げられなくなる。
そうすると次には中央銀行が国債を買い支え、国債の金利を強制的に下げる量的緩和の時代がやってくる。
この時代も10年ほど続いたが、量的緩和も続ければ続けるほど効き目が薄くなり、ついには量的緩和では救済できないような経済危機が起きる。そして政府は直接現金を人々に配り始める。
今世紀においては、それがたまたまコロナ禍だっただけだ。ダリオ氏は驚くべきことに2018年に出版した『巨大債務危機を理解する』において既に現金給付を予想しているが、ダリオ氏はコロナを予想したわけではない。だが量的緩和に依存しながら経済活動を続けていると、いずれは(何らかの理由により)そういう経済危機に直面することになる。
そうして現金給付の時代がやってきた。そして現金給付はインフレを引き起こした。
覇権国家の破綻
そして金利は上がり、国債の利払いは上がり、政府は借金の利払いに対応しなければならなくなる。
ダリオ氏が『How Countries Go Broke』(仮訳:なぜ国家は破綻するのか)という名前の新著を出版したのはこのタイミングである。
ダリオ氏はこれまで、前著『世界秩序の変化に対処するための原則』で大英帝国やオランダ海上帝国などかつての覇権国家がどのように繁栄しどのように衰退していったのかを解説していた。
そのダリオ氏が今回、覇権国家が繁栄してから破綻するまでのプロセスのうち、破綻だけにフォーカスした本を出した。
何故か。コロナ後の金利上昇によりアメリカの財政破綻が近づいているからである。
財政破綻の兆候
アメリカの破綻はどれだけ近づいているのか。また、それは何故なのか。
ダリオ氏は新著の内容を簡単に説明しているブログ記事において、大国が破綻する兆候について次の3つの要素を挙げている。
1つ目は国債の利払いが許容し難いレベルまで増え、他の政府支出を押し出すこと。
2つ目は売る必要がある国債の量が買い手の需要に比べて大きくなりすぎ、金利が大きく上昇し、経済が大きく落ち込むこと。
3つ目は金利が上昇して市場と経済に悪い結果が起きることを中央銀行が好まず、大量の紙幣を印刷して国債を買い入れ、国債の買い手不足を補い、紙幣の価値が大きく下落することだ。
まず、1つ目は既に起こっている。アメリカの財政赤字はGDPのおよそ7%であり、米国債の利払いは金利上昇で4%に達しつつある。
これまでアメリカの財政赤字はコロナ前までの金利低下とともに米国株の長期的上昇を支えてきた。だが金利は上昇を開始し、財政赤字によるばら撒きも、米国債の利払いに取られて緊縮財政を強いられる状況に置かれている。
そういう状況下では、これまでの米国株バブルが逆転するという予想も多く、ダリオ氏も新著でインフレ期の米国株の長期的なパフォーマンスは悪いということを指摘している。
米国債の買い手不足
ダリオ氏が財政破綻が近い兆候として挙げる2つ目の、国債の買い手不足による国債の価格下落と金利上昇は、4月の株安の最中に起きかけた。
それはダリオ氏らアメリカの財政問題を心配する投資家の声が大きくなってきたところで発生した。
普通、株価が下がると国債は買われる。株価を売った後、人々は預金をするだろうが、銀行はその預金で国債を買うわけだから、当たり前である。
だが人々が米国株だけでなく、ドルや米国債からも逃げ出したいと考えたとき、米国株とドルと米国債が同時に下落する国家規模の資金流出が発生するのである。
この状況を危機的だと感じたトランプ政権(特にスコット・ベッセント財務長官)が関税を延期したことでそれはとりあえず収まったが、債務と利払いという根本的な問題は何も解決しておらず、近いうちに問題が再発すると見る識者もいる。
中央銀行による国債救済
最後に3番目の、金利上昇を避けるために中央銀行が紙幣印刷で国債を救済する状況だが、それはまだ起きていない。それがアメリカの現状である。アメリカが破綻するまでに3歩必要であるとすれば、今アメリカは2歩弱進んでいる。
今後、米国債がもう一度急落し、今度は止まらず、中央銀行が紙幣印刷で米国債を買い入れなければならないような自体になれば、犠牲になるのはドルである。
今度はドルが急落するので米国政府はドルも救おうとするが、ドルを見捨てなければ米国債を救えないので、ダリオ氏によれば中央銀行はやがてドルを諦める。
だが紙幣印刷はインフレを悪化させ、したがって金利上昇を悪化させ、長期的には財政はますます悪化してゆく。
そして最後には米国政府は米国債の売却を禁止するか、購入を強制することになる。資本統制である。ダリオ氏は次のように言っている。
このプロセスが進行し、こうした動きがより深刻化すると、国債の保有者が国債を更に買い、保有する国債を売らせないようにする法外な圧力をかけるために、資本統制など複数の極端な手段が実行されることになる。
これが最後の手段である。今生きている多くの人は「そんなことが起きるのか」と思うかもしれないが、数年前まで多くの人はインフレについても同じことを思っていた。
なぜダリオ氏はインフレと現金給付を見事に予想し、これからのことも事細かに予想できるのか。金融の歴史を研究してきたダリオ氏にとっては、ここで説明されている長期的な流れは、大英帝国などの過去の覇権国家において不可避のものとして起こってきたことなのである。
だから歴史を勉強した人で、資本統制が行き着く先だということを予想する人は少なくない。歴史上、そうなるのが普通だからである。
だがそこまで行き着けば、自由意志でドルや米国債を持ちたいと考える人はほとんど誰もいなくなっているだろう。
結論
これがダリオ氏が新著『How Countries Go Broke』(仮訳:なぜ国家は破綻するのか)において予想しているアメリカの財政破綻の大筋のシナリオである。「本当にそうなるのか?」と思う人ほど新著を読むべきだろう。歴史的な証拠が細かく書かれているからである。
まだ英語版が発売されたばかりで、日本語版はまだだが、前著は英語版の発売から日本語版の発売まで2年ほどかかった。英語で読める人は原文で読むべきである。
金融業界では今や誰もがダリオ氏の予想を前提に投資を行なっている。世界の金融市場が今後どうなるのかを予想する上で必須の本である。

How Countries Go Broke