ネイピア氏: 米国の債務問題、アメリカは他国から国債売却で脅される可能性

引き続き、The Solid Ground Newsletterのラッセル・ネイピア氏の、Hidden Forcesによるインタビューである。

今回は覇権国家の衰退と、その時にその国の国債を持っている人がどうなるかについて語っている部分を紹介したい。

ドルからの資産逃避

これまでの記事でネイピア氏は、中国などこれまでアメリカに輸出していた国が貿易で得たドルをそのまま外貨準備として蓄えていたことでドルと米国債が支えられていたこと、そしてそのトレンドは逆流せざるを得ないことを予想していた。

第2次世界大戦後、世界中の国々がドルで資産を蓄えるようになった。しかしウクライナ戦争でアメリカがドルを使った経済制裁をし、昨今ではアメリカの債務問題も注目されている中、BRICS諸国や中東諸国ではドル資産をゴールドなど他の資産に移す動きが活発となっている。

衰退する覇権国家を脅す国債保有者

今回、ネイピア氏が問題としているのは、ドルや米国債から資産が逃避している状況におけるアメリカと米国債保有者の関係である。

自国通貨から資金が流出している時、その国の政府は厳しい立場に置かれる。それは覇権国家も例外ではない。むしろ、自国通貨への資金流入に経済が依存しているアメリカのような覇権国家こそ、自国通貨からの資金流出は危惧すべき現象なのである。

覇権国家アメリカからの資金流出はこれからの話である。だからネイピア氏はアメリカの前に覇権国家だった大英帝国の通貨ポンドと英国債からの資金流出の例を持ち出して話を進めている。

スエズ運河国有化

ネイピア氏は、第2次世界大戦後、エジプトがイギリスに支配されていたスエズ運河を取り返し、イギリスがそれに対して軍事行動を取った時のことについて、次のように述べている。

イギリス軍がエジプトに攻め込んだ時のことだ。そして重要なのは、その時アメリカが何をしたかだ。

1956年のスエズ運河国有化とその後の第2次中東戦争である。

スエズ運河は19世紀における大英帝国の覇権を示す1つの象徴だった。それは第2次世界大戦の後も少しの間維持されていた。

しかし2度の世界大戦で覇権国家の座から凋落していたイギリスは、自国からまったく離れたスエズ運河を自分のもののように扱うことをもはや許されなかった。

エジプト自身も奮戦したが、これに反対したのがイギリスの代わりに覇権国家として台頭していたアメリカである。

ネイピア氏は次のように続けている。

アメリカはイギリス軍の行動に反対で、イギリス人に対してもしこれを続ければアメリカが保有するポンド建て資産を売ると言った。

それでイギリス人は引き下がった。他にも理由はあったが、アメリカの行動は確実にその1つだった。

外貨準備を使った脅迫。それだけでイギリスの政治の方向を変えることができた。

覇権国家が国債売却で脅される

ここで重要なのが、新たな覇権国家アメリカが古い覇権国家イギリスを国債売却で脅したということである。

ネイピア氏は明らかに、現代でも同じことが起き得るということを言っているのである。アメリカは関税で他国を脅し続けたが、4月の株安の最中に米国債が急落した時、方向転換せざるを得なくなった。

この時の米国債急落は脅しだったわけではない。同時にドルが急落していることから、資産価格の下落によってアメリカ国外の誰かが米国債を自国通貨に現金化しなければならなくなったのだと筆者は推測しているが、これを米国債の保有者、例えば中国が意図的にやらないという保証はない。

債務国と債権国の脅し合い

こうしたことは、覇権国家の立場が弱くなればなるほど発生確率が上がる。だが脅されるのは金を借りている側だけではない。

例えば、トランプ政権の一部の人々は、敵性国家が保有する米国債を意図的にデフォルトするといった方法を考えている。つまり金を借りている側が貸している側に、踏み倒しを仄めかして脅すということである。

こういう状況でどちらの立場が強いのか。筆者の意見は、両方酷い状況に陥るということである。

例えばトランプ政権がそういう脅しをしたとしても、本当にそんなことをすれば今度こそ本当に誰も米国債を買わなくなる。実際にそうすることは可能だが、ダメージを受けるのは貸していた側だけではない。借金をしていたアメリカも深刻なダメージを受けることになる。

大量の借金を抱えているアメリカと、大量の米国債を保有してしまっている日本や中国。どちらの立場が強いかと言えば、筆者の考えはどちらも最悪である。

覇権国家の債務の解消

投資家がやるべきことは、債権者と債務者の醜い罵り合いに巻き込まれないようにすることである。

それはドルや米国債を保有しないということだけではない。覇権国家の債務が解消される時に通常発生する出来事すべてを上手く乗り切るということである。

ネイピア氏は大英帝国末期の状況(主に第2次世界大戦後)について次のように述べている。

ポンド建ての資産は、主にイギリスの旧植民地によって保有されていた。そしてそうした植民地は第2次世界大戦でコモディティなどの資源をイギリスに売り、大量のポンドを積み上げていた。

こうした国はポンド建て資産をどう売却するかの状況に置かれていた。

米国債を大量保有する日本や中国などと同じ状況に置かれた国が、大英帝国の衰退の時代にもあったということである。

徐々に売られてゆく通貨と国債

大英帝国の立場が強い間は、英国債の保有者にとっては苦難の時代だった。ネイピア氏はまた後で述べているが、こうした状況下で覇権国家は国債を売らせないためにあらゆる方策を取る。

まさにババ抜きである。ネイピア氏は次のように続けている。

こうした国々は徐々にポンド建て資産を減らしてゆく交渉をしなければならなかった。政府でさえもポンド建て資産を減らすために交渉しなければならないのだから、民間の人々はポンド建て資産から抜け出すことなど極めて困難だった。

そしてポンドは1940年代後半や1960年代後半に何度も大きな価値下落を経験した。

人々が数十年掛けてポンドのババ抜きを実行する過程で、ポンドは大幅な急落を何度も織り交ぜながら長期的に下落していった。

「ドルが基軸通貨でなくなることなどここ数年で起きるはずがない」と言っている人は正しい。その通りである。そのトレンドは、大きな急落を何度も織り交ぜながら何十年も続いてゆく。

ネイピア氏はポンドの終わりについて次のように語っている。

1974年の1月だったと思うが、イギリス株が底値まで行ったのをFinancial Timesで読んだ。見出しは「ナイジェリアが最後のポンドの外貨準備を売却、イギリス株は急落」だった。

ポンドからの長期的な資金流出は、当然ながらイギリスの株式市場をも巻き込んだ。そしてそれは1974年にようやく大底を迎えた。それはイギリスの覇権が傾きかけた第1次世界大戦から50年経過した時のことだった。

結論

そして今の問いはアメリカである。ネイピア氏は次のように述べている。

問題は、アメリカがドルからの資金流出にどう対応するかということだ。

大英帝国が経験した巨額債務の解消を、アメリカは果たしてどのように行うのか。その時にドルや米国債、そして米国株はどうなるのか。

その見通しについてはまずエゴン・フォン・グライアーツ氏の記事を読んでもらうのが良いだろう。

だが何よりも、この状況をコロナ直後からいち早く予想し、そのために大英帝国を含む過去の相場を研究し尽くしたレイ・ダリオ氏の『世界秩序の変化に対処するための原則』を読むべきである。

世界最大のヘッジファンドを創業したダリオ氏は元々有名人だが、今や金融業界の誰と話してもダリオ氏の予想について話していると感じる。分厚い本なのでなかなか勧めにくいのだが、金融市場の今後を予想するためにはこの本が必須なのである。


世界秩序の変化に対処するための原則