レイ・ダリオ氏、アメリカ版アベノミクスによるドル暴落を予想

世界最大のヘッジファンドBridgewater創業者のレイ・ダリオ氏が、自身のブログでアメリカの債務問題とドルの価値について語っている。

インフレと金利上昇

ダリオ氏は長らくアメリカの債務問題に警鐘を鳴らしてきた。まずコロナ後のインフレに真っ先に警鐘を鳴らしたのはダリオ氏だった。

コロナ直後の2020年から、ダリオ氏はアメリカ以前の覇権国家がインフレとその後の金利上昇によって債務問題が悪化し衰退していったことを解説する著書『世界秩序の変化に対処するための原則』を書き始めた。

現金給付が決まった時点で、ダリオ氏にはその後のインフレと金利上昇が見えていた。そして金利が上昇すれば、ゼロ金利の時代には何の問題もなかったはずの大量の国債に利払いが生じ始め、国家はその国債の利払いのために国債を新規発行するという負のスパイラルに陥ってゆく。

だからダリオ氏はトランプ政権が発足して以来、米国政府は財政赤字をGDPの3%まで下げなければならないと熱く主張してきた。

だがどうもそのダリオ氏が債務問題の解決を諦めたふしがある。ダリオ氏は次のように書いている。

わたしは先週、なぜアメリカの政治は債務問題を制御することができなくなるとわたしが信じているかについて記事を書いた。

ダリオ氏の言っているのは、与党共和党と野党民主党の政治家たちと債務問題について話すためにワシントンDCに行ったという以下の記事である。

この記事では、財政赤字を下げることで合意できない両党の政治家が言う言い訳についてダリオ氏が話していたものである。ダリオ氏はどうも、実際に政治家と話すことでアメリカの債務問題の解決は無理なのではないかと思い始めているようだ。

債務問題の解決方法

もし支出を減らしたり増税したりすることで債務を解決することが政治的に不可能なのであれば、アメリカの債務問題はどうなるのか。

ダリオ氏の頭ではもうそのシナリオが出来上がっている。ダリオ氏は次のように述べている。

政府債務が莫大になり過ぎている時には、金利を下げて債務ごと自国通貨の価値を下落させることが政治家がもっとも取る確率の高い道筋だ。だからそれが起こると予想することは投資家にとって有益だ。

ダリオ氏はこれまでにも同じようなことを言っていた。ダリオ氏の推奨する政策は、財政赤字を減らした上で金融緩和を行い、支出削減によるマイナスを金融緩和によるプラスで補うことだからである。

だがそれはつまり、経済を支えるために自国通貨を犠牲にする政策である。同時に財政赤字を減らしている分、経済はバブルにはならないが、金融緩和で自国通貨が下落することは避けられない。

しかしそれが財政赤字の削減がままならない状態で起きるとどうなるか。

アメリカ版アベノミクス

それはもう日本で試した政策だろう。アベノミクスである。

当初、日本国民は日銀による紙幣印刷で株価が上がったと大喜びした。だが紙幣印刷は大幅な円安をもたらし、原油や輸入作物やプラスチックなどの輸入物価を上昇させ、それが今や米の価格上昇にまで繋がっている。

何故こんなことになったのか。日銀が紙幣印刷しなければならなくなったのは、日本国債を買い支えるためである。日本円を大量にばら撒けば、日本円の価値とともに日本円で借金している日本政府の借金の価値も薄まる。

日本の場合は日本国債を保有しているのは日本人だが、アメリカの場合は米国債は世界中で保有されている。

だからダリオ氏は次のように言っている。

政府債務に対処するには、その国の国民よりも国債を保有する外国人にとって痛みのあるやり方でやるほうが簡単だ。

日本の場合は、日本政府にとっては日本国民に痛みのあるやり方で債務に対処することは簡単だったということである。

だが日本円が物凄い勢いで下落しているのを見た日本の個人投資家は、ドルに飛びついた。それは円を売ってドルを買うということである。

こうして日本円からどんどん資金が流出していくようになった。ダリオ氏は次のように続けている。

債務過多の問題に金利と為替レートの下落で対処しようとすることは、短期的には痛みを和らげるが、その通貨と債務を買おうとする人を減らし、より長期の問題を増やす。

自国通貨を下落させる政策は、価値が下落した通貨から見た海外資産の価値を上げる。

自国通貨の価値下落

アベノミクスの奇妙な点は、多くの人が日本円で貯金しているにもかかわらず、その日本円の価値を政府が下落させたことを多くの国民が喜んだということである。

だがその当然の結果として、輸入物価は上がり、今日本人はインフレに苦しんでいる。

何故こんなことになったのか。ダリオ氏は次のように説明している。

こうしたことが人々に理解されない理由は、ほとんどの人が自国通貨で資産価値を計るため、自分の購買力や資産が下がったことに気づかないからだ。

結果として、自国通貨の価値が下がっているにもかかわらず、自分の持つ資産の価値が上がっているという幻想が生まれる。

日本円から逃れてドルを買った人は、ドルの価値が上がったと喜んだかもしれない。だがドルの価値が上がったわけではない。円の価値が下がったのである。むしろドルの価値は長期的に下落している。だが日本円の方がドルよりも速く下落しているために、日本人から見てドルが上がったように見えるだけである。

ドルの下落

そうした日本人にとって恐ろしいことは、ダリオ氏は日本に起こったことがアメリカに起ころうとしていると予想していることである。

ダリオ氏の予想によれば、アメリカは財政赤字の削減によって債務を解決することができない。むしろ財政赤字を減らさないまま金融緩和によってドルの価値を下落させる政策が来る。それはまさにアベノミクスである。

ダリオ氏が上で言ったように、それは米国債を保有する外国人を犠牲にする政策である。そして米国債を保有する外国人とは誰か? 日本人である。

アベノミクスでは日本円はほとんど半分の価値にまで下がった。ドルの価値はどうなるのか。日本人はアベノミクスの亡霊に2度殺されようとしている。

結論

ちなみにこれは個人的にドルを持っている日本の個人投資家だけの問題ではない。何故ならば、日本の銀行の多くはドルや米国債を持っているからである。

例えば農林中央金庫が米国債の運用で2024年に1兆9,000億円の損失を計上したことを思い出したい。ドルと米国債の下落が本格化すれば、日本の銀行がいくつか破綻するシナリオは十分有り得ることである。

それは究極的には日本人の税金で救済されることになるだろう。

ドルが下がれば円安が解決してハッピーではないかと思う読者もいるかもしれないが、そうはならない。ドルが下がるだけで、原油などの価値はそのままだからである。

結局、紙幣の価値が下がるインフレの世界では、円やドルでものの価値を計ってはいけないのである。未来を見据えた投資家たちは、紙幣などとっとと捨ててゴールドなど別のものに走っている。筆者も円もドルももうほとんど保有していない。

通貨の価値そのものが下がることがあるのだということは、アダム・スミス氏が『国富論』で分かりやすく解説しているような古い話なのだが、いまだに一般の人々に理解されていない。

政府によるばら撒きを推奨してインフレを引き起こしたケインズ経済学など読まずに、『国富論』などを読むことが必要なのである。経済学が専門化されていなかった時代の平易な言葉で、経済を理解するために必要なことが詳しく説明されている。


国富論