サマーズ氏: 投資家や起業家がほとんど税金を払わないのは本当に良いことなのか?

さて、前回に引き続き、アメリカの元財務長官で経済学者のラリー・サマーズ氏と、その友人で共和党の政治家であるフィル・グラム氏の対談を紹介したい。

保守派とリベラル派の友人関係

前回の記事では、グラム氏が富裕層が金持ちであることを批判するべきではないと述べていた。

グラム氏は数十年前に民主党から共和党に鞍替えした人物だが、生粋の共和党員よりも共和党的である。

グラム氏はサマーズ氏の友人であるわけだが、グラム氏の主張はクリントン政権の財務長官も務めた民主党支持者のサマーズ氏が喜びそうな話ではない。

政治が日常の話題に登ることの多い西洋の社会では、友人と政治的主張が違うというのはなかなかやりづらいものだ。だがサマーズ氏はグラム氏に敬意を払いながらも、議論するべきところはしっかり議論するという大人の対応をやってのけている。

保有株式の値上がり

さて、サマーズ氏はグラム氏の主張にどう反応したのか。サマーズ氏は、いつものように分かりやすい例を用いて次のように説明している。

かなり単純化された例だが、例えばウォーレン・バフェット氏が年の初めに800億ドル相当の株式を持っていたとしよう。

その中でポートフォリオの中から上手く行っていないポジションをいくらか売ったとしよう。彼は、買値よりも低い価格で売ることになった。それで、例えば3億ドルの損失が出たとしよう。

一方、彼のポートフォリオ全体は成功した投資の値上がりのお陰で800億ドルから900億ドルに上がったとしよう。

この状況に対して2つの見方が可能だ。1つは、バフェット氏は今年収入がないから税金はゼロで、それは極めて公平だというものだ。

この例では、バフェット氏は利益の出ているポジションを利益確定していないため、税務上は所得がない。むしろ、損の出たポジションを決済しているため、損だけがある。

だが、この状況を「バフェット氏は損失を出しているから税金がゼロだ」とする状況にサマーズ氏は納得していないようだ。

いや、むしろ税金がないどころの話ではないとサマーズ氏は次のように続けている。

もう1つは、バフェット氏の資産は800億ドルから900億ドルに上がったのだから、それはまだ利益確定していないから普通の収入とは違うという複雑な議論は確かにあるものの、全体的に考えれば、バフェット氏は収入がないとか、むしろ損失があるから政府は還付金を送るべきだとかいうのは、ちょっとした狂気ではないかというものだ。

彼は普通に損失を出している他の人々と同じように還付金を受け取るべきなのか? これは狂気ではないのか?

サマーズ氏の反論

サマーズ氏の意見は、グラム氏の前回の記事での論点を最大限認めてのものだ。

他人の役に立った人が金持ちになること自体は良いことであるにしても、税制に欠陥はないのかとサマーズ氏は言いたいのである。

サマーズ氏は続けて次のような例を持ち出している。ここでもサマーズ氏は最大限グラム氏に譲歩している。

わたしは財産税や含み益への課税に反対しているという点では君に同意するし、トマス・ピケティ氏とは反対の立場だ。

だが例えばシリコンバレーの起業家がいて、自社株の価値が2億ドルから5億ドルに上がったとしよう。

彼は気分が良くなって1億ドルのローンを借り、豪邸を買ったとしよう。5億ドルの株式を担保にできるからだ。

だがこの場合、この人が自社株を売却していないから収入がゼロだという立場を君は本当に取りたいのか?

社会における公平や公正や平等というものを少しでも厳密に語るためには、こうした資産価値の上昇をまったく無視して良いのか?

これは起業家にとっては普通の節税法だ。彼らは自社株を売ると利益が出てしまい、また自社株を売ることもそもそも自由に出来ないため、家などを買う時には自社株を担保に借金をする。

しかしそうすれば、自社株の利益は確定されていない(含み益の状態)ため、税金は発生しない。

グラム氏の反論

これに対し、友人で共和党の政治家であるグラム氏は次のように反論している。

問題はこうだ。4億ドルや5億ドルを持っているそうした特定の人々の例について議論すれば、その議論は正しく聞こえる。だがそうした人々に対して本当にそのような法律を採用すれば、それは10年も経たない内に20万ドルや30万ドルを持った人々に対しても適用されるだろう。

だがその反論は厳しいだろう。サマーズ氏は渋い顔をしながら次のように言っている。

フィル、わたしは税制の問題について話しているわけではない。

税制の実務上の問題については君に完全に同意している。ただ、資産や不平等性の君の計り方が、わたしにはちょっと理解が難しいだけだ。

結論

この対談を見て筆者が一番感銘を受けたのは、意見が正反対の友人に対するサマーズ氏の態度である。グラム氏が自分の意見をほぼ曲げていないのに対し、サマーズ氏はグラム氏の意見の正当な部分を認めようとした上で、自分の言うべきことを言っている。

残念ながら保守派の人間は、それでもサマーズ氏の見解を退けることにはなるだろう。何故ならば、そもそも富裕層から税金を取ることそのものに正当な倫理的根拠がないからである。

オーストリア学派の代表的な経済学者であるフリードリヒ・フォン・ハイエク氏は、政治家が誰かから税金を取り上げて自分の票田にばら撒くことについて、『貨幣発行自由化論』で次のように言っている。

自分で得たわけでも他人が放棄したわけでもないものを得る権利を特定の人々に与えることは、本当に窃盗と同じような犯罪である。

だが、サマーズ氏の言う通り、税制そのものが(納税総額ではなく制度の公平さという点では)富裕層に有利に出来ていることは認めるべきだろう。

サマーズ氏の優れた点は、意見の合わない相手であっても認めるべきことは認めることが出来る点である。そこには成熟した知性を感じる。だからこそ、あのトランプ大統領でさえも、サマーズ氏と意見は違うが敬意を抱いていると言っていたのだろう。


貨幣発行自由化論