The Solid Ground Newsletterのラッセル・ネイピア氏がFTの番組で政府の債務問題について語っている。
政府債務と金利上昇
今年、金融関係者の間ではアメリカの債務問題が話題となっている。コロナ後の金利上昇でこれまでほとんどゼロ金利だった大量の米国債の利払いが急増し、アメリカの財政赤字の半分にも達しているからである。
コロナ前まではいくら積み上げても問題ないと人々が考えていた政府債務が、今やアメリカの財政に直接的な影響を及ぼしている。
軍事費を含む政府の予算は国債の利払いに奪われており、アメリカの覇権にさえ影響を与えている。
政府債務が問題ないというのは、要するにインフレにならない限り問題ないということだったのである。
ネイピア氏は次のように言っている。
インフレが低い時には、債務問題は問題にならない。債券投資家たちがいくらでもお金を貸してくれるだろう。
だが、インフレが低く留まる可能性が低い時には、すべてが問題になり始める。
債務問題の解決
ひとたびインフレになり金利が上がると、デフレの時期に積み上げられた政府債務が国民に牙を向き始める。
そして政府は借金の利払いが予算を侵食する状況をどうにかしなければならなくなるのである。
この状況で可能な手段はいくつかある。一番有名なのは、中央銀行に紙幣を印刷させて国債を買わせるというものである。
いわゆる量的緩和である。日本では通貨の価値を半分にまで下落させた量的緩和だが、アメリカはそれをインフレの時期にやらなければならなくなるという予想がある。
あるいは、そうしなければ米国債の大量発行により米国債は買い手不足に陥り、政府は不況のときにも借金を増やせず、政府はついに支出を減らし増税をすることが避けられなくなるという意見もある。
債務問題の解決法
だが、ネイピア氏はそのどちらの選択肢も債務問題の一番の解決法ではないと主張する。
大量発行で米国債が下落し、市場が政府に緊縮財政を強制するというシナリオについては、ネイピア氏は次のように言っている。
緊縮財政は来ない。金融市場が政府の債務問題に慌て始めるタイミングは来るかもしれないが、政府はそれを許さないだろう。
「政府がそれを許さない」という言葉が意味深である。
ネイピア氏は何を言おうとしているのか。国債の大量発行を続ければ債券市場が国債を下落させ政府に財政規律を強いるという考え方のことを金融業界では債券自警団と呼ぶ。
ネイピア氏は次のように言っている。
債券自警団は帰ってきた。インフレが加速するという未来を見越してのことだ。
実際、イギリスでは債券自警団は仕事をしたように見えた。コロナ後にトラス政権がインフレの状況下で莫大な政府支出を行おうとした時には、英国債がポンドと英国株とともに下落し、トラス政権は辞任せざるを得なくなった。
また、今年4月の株安の時にベッセント財務長官がトランプ大統領に関税を延期させたのは、米国株と同時に米国債が下落したことを懸念してのことだった。
債券自警団は暗殺される
しかしネイピア氏は次のように言う。
だが債券自警団に関するわたしの意見は、彼らは暗殺されるというものだ。
さて、どういうことだろうか? イギリスのトラスショックと4月の米国債下落に共通することは、政府が政策を撤回すれば国債の下落が止まったということである。
だがネイピア氏が言っているのは、財政赤字が止められず、政策が撤回できないような状況のことだ。例えば、次に景気後退になり、借金による景気刺激が出来なければ不況が深刻化するという状況になったらどうか?
その時は、債券自警団が本当に容赦をしない瞬間となる。そしてネイピア氏によれば、債券自警団はその時に暗殺される。
債券自警団の暗殺
ネイピア氏は次のように言っている。
それは第2次世界大戦の後に起こったことだ。政府は国債の価格を市場が決めることを許さなかった。
政府は国民に国債を買い支えることを強要した。
国債の金利を債券自警団ならば不埒だと考えるような水準に抑え、国債の暴落を阻止した。
ネイピア氏が言っているのは、政府が国債の自由な売買を法律で禁止するような状況である。
トラス政権や今年4月の事例では、政策撤回で債券自警団は引き下がった。
だが債券自警団と政府が本気の殺し合いをすることになれば、ネイピア氏は債券自警団は殺されると言う。
ネイピア氏は次のように続けている。
民主主義であろうが独裁政治であろうが関係ない。債券自警団が独裁されるのであって、債券自警団が独裁するのではない。
債務危機における最終手段
もちろんそういう政策には別の結果が付随する。例えば米国政府が世の中に存在するドル預金を出金停止にし、そのドルで米国債を強制的に買い支えるようなことをすれば、誰もドルで預金したいとは思わなくなり、ドルの価値は地の底まで落ちてゆくだろう。
だが、国債の下落が政策撤回でも止まらないような状況になれば、政府は背に腹は変えられなくなる。
そういう状況下では、中央銀行が紙幣印刷で国債を買い支えると予想する人もいる。
だがネイピア氏は、それよりも預金者に米国債の買いを強要するシナリオの方がメインシナリオになると予想している。
一部の人が予想するような、中央銀行に直接政府に資金を融通させるようなリスクを犯す必要はない。世界には預金者がたくさん居る。中央銀行のバランスシートを虐待する前に預金者をまず虐待すれば良いのだ。
結論
政府の債務問題を解決するには本当に様々な方法がある。政府の取る方法はよりどりみどりではないか。
シンガポールの国家ファンドを運用していた黄国松氏は、米国債の問題で虐待されるのは日本だと予想している。
だがすべてのシナリオには共通点がある。犠牲になるのは、ドルと米国債を保有している人だということである。
このFTの番組にはBridgewaterのレイ・ダリオ氏も登場しており、ダリオ氏は次のように言っている。
誰もが借金を増やしたがる。政治家は特に借金して支出することが好きだ。借金を返済するのは自分ではないからだ。
ダリオ氏は、このアメリカの債務問題がどうなるかについて、新著『How Countries Go Broke』(仮訳:なぜ国家は破綻するのか)をまるまる1冊書いて解説している。日本語版はないが、英語が読める人はそちらも参考にしてもらいたい。