黄国松氏: アメリカはインフレ加速状態で量的緩和を再開する

引き続き、シンガポールの国家ファンドであるGICを運用していたファンドマネージャーの黃国松氏とBridgewater創業者のレイ・ダリオ氏の、FutureChina Global Forum 2025における対談を紹介する。

今回は黄氏が米国のインフレ動向と金融政策について語っている部分を紹介したい。

アメリカの政府債務

アメリカでは債務問題が話題となっている。これまでは漠然と警戒されてきた巨額の米国債に、コロナ後の金利上昇で巨額の利払いが発生し、その金額はアメリカの財政赤字の半分ほどに達しているからである。

それは勿論、軍事費を含むアメリカの他の支出を圧迫している。だからスコット・ベッセント財務長官は債務問題がアメリカの覇権の問題だと言っているのである。

アメリカの債務問題はどうなってしまうのか。だが、黄氏は次のように言っている。

米国債はデフォルトしない。米国債はドル建てだ。だからアメリカはデフォルトしない。

100ドルの価値のある米国債を持っていれば、100ドルは返ってくるということだ。

米国債はデフォルトしない。それは、米国政府はドル紙幣をいくらでも刷って借金を返済することができるという意味である。

それがコロナ前までほとんどの人が主張してきたことである。しかし黄氏は次のように続けている。

だが問題は、その返ってくる100ドルの価値が、ゴールドや他の通貨で計った時にどうなっているかだ。

紙幣印刷と紙幣の価値

紙幣を刷れば国家はいくらでも裕福に生活できると信じたナイーブな人々が忘れていたのは、紙幣を大量に刷れば紙幣の価値が下がるということである。

日本はまさにアベノミクス以来の量的緩和によって円安になり、大量の外国人が安い日本を求めて押し寄せる国となった。それはアベノミクスが始まった頃から分かっていた結果のはずだったのだが、人々は何故か今になって文句を言っている。

だが、コロナ前のデフレの状況下で量的緩和をしても、株価上昇による貧富の格差拡大は起こったが、インフレにはならなかった。

一方で問題は、今は既にインフレになっているということである。黄氏は次のように言っている。

アメリカのインフレがもし3%以上で留まるような状況になれば、金利は下がらないだろう。インフレが上がってくれば、金利には上昇圧力がかかる。

米国経済は微妙な状況である。インフレ率は2.9%とはいえ、ここ半年ほど上昇トレンドであり、3%台が近づいている。

更に、関税の影響でインフレ率はここから上がってゆくと予想する人は多い。

Fed(連邦準備制度)はこの状況で利下げを開始しているのである。

インフレ下での金融緩和

もし、利下げによってこのままインフレ率が上昇していけばどうなるか? 長期金利は上がってゆくだろうが、そもそもトランプ政権は米国債の利払いを抑えるために金利を押し下げようと必死なのである。

もし、インフレ加速により長期金利が上昇すればどうなるか。黄氏は次のように言っている。

重要なのは、米国政府には金利を無理矢理押し下げるいくつかの方法があるということだ。

もっとも分かりやすい方法はFedを使って例えば金利を4%から1%まで下げることだ。

どうやってやるか? レイの歴史研究が示しているように、量的緩和だ。量的緩和とは、中央銀行が紙幣を印刷して長期国債を買い入れることだ。

流石はシンガポールの国家財産を運用していたファンドマネージャーであり、ダリオ氏の友人であるだけあって、ダリオ氏と同じ未来を予想している。

ダリオ氏の歴史研究とは、歴史上の大国が同じ債務問題に直面したとき、どの国も紙幣印刷でインフレを引き起こして衰退していったことを解説している著書『世界秩序の変化に対処するための原則』のことである。

結論

量的緩和は、過去のデフレの時代にはインフレを引き起こさなかった。だがインフレ下における量的緩和は、例えば日本の事例では大幅な円安を引き起こし、輸入物価の上昇からインフレを引き起こしている。

デフレにおける量的緩和と、インフレにおける量的緩和は違う。だから黄氏は次のように言っている。

この方法の問題は、実体経済に大量の支出を誘発してインフレ率が上がる可能性があることだ。

だからインフレこそがFedの行動の最大の制約なのだ。

アメリカもインフレ下の量的緩和を行う日が近づいている。その時にドルはどうなるのか。筆者は楽しみで待ちきれないわけである。


世界秩序の変化に対処するための原則