世界最大のヘッジファンド: 大英帝国の基軸通貨ポンドはいかに暴落したか

世界最大のヘッジファンドBridgewaterを運用するレイ・ダリオ氏がLinkedInのブログで歴史上の覇権国の繁栄と衰退の検証を続けている。ダリオ氏は中国がアメリカに代わって覇権国となると予想しているからである。

前回は大英帝国の歴史について説明した部分を紹介したが、今回の投稿ではその通貨ポンドがどのように基軸通貨の地位を失ったかを説明している。ダリオ氏によれば、それがドルの運命だからである。

大英帝国とポンド

前回の記事で説明したように、19世紀に栄えた大英帝国の衰退は第1次世界大戦時には既に始まっており、第2次世界大戦後のブレトン・ウッズ協定で公的にも米ドルが英ポンドに代わって世界の基軸通貨となることが決定されたが、それでも世界的にポンドは使われ続けていた。

ダリオ氏によれば基軸通貨の衰退は覇権国の衰退よりも遅れる傾向があるからである。彼はこれを次のように説明している。

一度世界的に広く使われた基軸通貨が一定の期間使われ続けるのは、世界でもっともよく話されている言語(訳注:英語)が国際取引の布地に深く織り込まれて取り除き難いことと同じである。

分かりやすい。それでも戦後75年を経てポンドは既にヨーロッパのローカルな通貨になっているが、今でも世界中の人々が大英帝国の英語を使っている。通貨も言語も、「皆が使っているから使う」という法則の成り立つものはすべて生き残りやすいようである。

ポンドの衰退

それでも戦後にはポンドの凋落は始まっていた。英語はまだ残っているが、ポンドは残らなかった。ダリオ氏はこう語っている。

一部の賢明な人々はイギリスの増大する債務負担と少ない純資産、そしてアメリカとの経済状況の大きな格差を知っていたため、ポンドは戦後には基軸通貨の地位を失い始めていた。

「一部の賢明な人々」は状況が見えていたのでポンドを売り始めたのである。そしてそれは「その他の賢明でない人々」は凋落する通貨を持ち続けたことを意味する。現在の話に適用すると、誰も何の保証もしてくれないドルや円を持っている人々はどちらの側になるだろうか?

話を大英帝国のポンドに戻そう。戦後、ドルを金本位制にしてそのドルに先進国通貨の為替レートを固定するブレトン・ウッズ協定によってポンドはドルに固定されていたが、戦争によって債務が増大したイギリスの経済は凋落を続け、ポンドの価値を維持することが難しくなっていた。ダリオ氏はこう語っている。

ポンドが戦後も国際的な準備通貨として機能し、世界経済がブレトン・ウッズ体制に移行するためにはドルへの固定が維持されることが要求された。

イギリスは自国通貨の暴落を避けようとしていた。

イギリスはまず厳格な為替規制を行なった。イングランド銀行の許可なしにはアメリカの商品や資産を買うためにポンドをドルに替えることは出来なかった。

しかしドルが世界的には基軸通貨として選ばれていたために、世界経済は深刻なドル不足に直面していた。一方でほとんどすべてのポンド圏(イギリスおよびイギリス連邦)の国々が輸出と魅力的なドル建て資産への投資に依存していたが、ポンド建ての債券を保有することを強制されていた。

現代人は強制されずともドルや円を保有するので、政府としてはやりやすいことである。しかしそれも変わる。恐ろしいのはそれが変わるタイミングが来る時である。

そういう瞬間には政府は無理矢理穴を塞ごうとする。それでも1つの穴を無理矢理塞げば別の場所に穴が開く。新型コロナウィルスの問題をヘリコプターマネーで解決しようとしている人々は決して理解しないが、経済とはそういうものである。

そして何処に穴が開くかをこのように政府が決定する仕組みのことを共産主義という。ヘリコプターマネーを支持している一部の人々はそれが分かっているのだろうか。

共産主義化による経済の破綻が日本やアメリカの穴の空き方のようである。一方で大英帝国の場合はこうなった。

イギリスは対外的な競争力の低下や国内の燃料危機のために深刻な支払いの問題に直面し、巨額の戦争債務はポンドの信認を脅かしていた。

戦争債務はポンド建てだったので、ポンドが高いと支払いが多くなる。一方でポンドが安くなると国際市場でものが買えなくなるので燃料危機がより一層深刻になる。どちらに転んでも窮地なのである。

怒涛のポンド切り下げ

しかし結局のところ通貨を無理矢理支える試みは長期的には機能しない。現代ではユーロとスイスフランの関係が似たようなものだろうか。

イギリスは1949年にポンドをドルに対して30%切り下げることを余儀なくされる。ブレトン・ウッズ協定の発効からたった4年後のことである。

30%の切り下げとは相当である。自分の持っている通貨の価値がいきなり30%下がるわけである。しかもこれはブレトン・ウッズ協定が発効してからたった4年のことなのだから先が思いやられる。

当時、「一部の賢明な人々」は既にゴールドやドルを持っていたのだろう。賢明かどうかで資産の30%をやられるかどうかが決まるわけである。

終わりではなく始まり

しかしこれで終わりではなかった。ダリオ氏はこう語っている。

英ポンドの下落は何年もの間に何度も切り下げを続けて起こった慢性的な病だった

イギリスは必死に固定レートを維持しようとしていたが、出来なかった。一方で各国からはポンドの価値を維持するよう多大なプレッシャーがかかっていた。イギリス国民がポンドをドルに自由に変えられないことはアメリカの輸出業に損失を与えていた。

またスウェーデンやスイス、ベルギーなどイギリスにポンドを貸していた債権者は当然ポンドの信認維持を要求していた。ベルギーなどは国際的介入が起こらなければポンドの使用を止めると警告した。

それが満たされなければポンドからの逃避が起こることは明らかだった。しかし投資家の観点から見れば、この時点でポンドの下落は避けられない。ベルギーには悪いが、紙切れを持ち続けた人間が悪いということなのである。米国債を大量に抱えている日本政府はどうなるだろうか?

そしてイギリスは準備資産を売りながらもポンドの信任を維持しようと努力することになる。しかし貿易でも競争力がない、資産は減ってゆく、通貨が下がればものの値段が高くなる、完全な窮地である。もはやイギリス連邦の国々もポンドで準備資産を持つことを嫌がっていた。

そして1949年の切り下げから20年ほど経った1967年、イギリス政府は2度目の切り下げを決断する。今度は14%の切り下げとなった。

この2度目の切り下げ以降、ポンド建てで多額の準備資産を維持する国はオーストラリアやニュージーランドなどイギリス政府によってドルの裏付けを保証された国々だけとなった。大幅な価格の下落、そしてどの国もポンドを自発的には持たなくなったことによって、第2次世界大戦より22年後、かつての大英帝国の通貨ポンドは基軸通貨としての地位を完全に失ったのである。

結論

これでダリオ氏の「過去の覇権国シリーズ」は終わりである。オランダ海洋帝国の話は量的緩和によるバブル崩壊など現代との共通点もあったが、イギリスのポンドが国際的な騒乱を引き起こしたことは現在では想像しにくい。それは恐らく、ドルの崩壊がこれからの話だからだろう。

それでもトランプ政権が中国の保有する米国債の債務返済を拒否する考えを見せるなど、似たことは既に起こっている。今後の進展が楽しみである。

ちなみにダリオ氏の怒涛のブログ投稿は遂にアメリカと中国の覇権争いの詳細に立ち入ってゆくようである。そちらも楽しみに待ちたい。