引き続き、世界最大のヘッジファンドBridgewater創業者のレイ・ダリオ氏の、デイヴィッド・ルービンスタイン氏によるインタビューである。
今回は金相場がここ数年大きく上昇している背景について語っている部分を紹介したい。
アメリカ版アベノミクス
これまでの記事でダリオ氏は、米国政府がいずれ米国債を買い支えるために中央銀行に紙幣印刷をさせなければならないと予想していた。
アメリカではコロナ後の金利上昇で米国債の利払いが財政赤字の半分を占める状況となっており、このままでは米国債の発行量は指数関数的に増えてゆくことになる。
ダリオ氏は当初財政赤字を減らさなければならないと主張していたが、ワシントンで政治家と会談し、それが無理だと悟ったようである。
そうなれば、米国政府に残された手段は1つしかない。アベノミクスのように紙幣印刷で国債を買い支えることである。
だが、日本人はよく知っているように、それで犠牲になるのは自国通貨である。
政府による通貨の価値下落
アメリカがアベノミクスと同じことをすると言えば、多くの人にとっては衝撃的なニュースのように聞こえるかもしれないが、著書『世界秩序の変化に対処するための原則』で歴史上の国家と通貨の研究をしているダリオ氏にとっては、それは既定路線である。
ダリオ氏は次のように言っている。
1750年以来、世界中のすべての通貨のうち80%が消滅し、まだ残っている通貨のすべては大きく価値が下げられている。
歴史を学んだことのある人ならば、金貨や銀貨が政府によって貴金属の含有量を徐々に減らされた話は聞いたことがあるだろう。
だが紙幣の場合も結局は同じである。政府は自分の債務負担を減らすために紙幣印刷で紙幣の価値を薄める。借金とは要するに紙幣を返す約束なのだから、紙幣を刷ってしまえばいい。
しかしそれで何が犠牲になるかと言えば、国民の預金である。国民の預金も大半が紙幣だからである。
通貨の代わりとしてのゴールド
だが投資家や頭の良い国民は、真っ先に紙幣から逃げ出すことを考えるだろう。紙幣から逃げて何を保有するのか? 一番に名前の上がるものは、歴史上いつも同じものなのである。
それはゴールドである。ダリオ氏は次のように述べている。
それこそが、ゴールドが富の貯蓄手段であり、長い間そうあり続けている理由だ。
だが、日本では多くの人が「これまで上がっているから」というだけの理由で米国株に資金を投入している一方で、米国株よりも大きく上がり続けているゴールドを積立投資している人はそれほど多くない。

だがそれでも金価格は上がっている。
ゴールドを買っているのは誰か
一般の人がゴールドを買っているわけでないなら、誰が買っているからこれほどまでに上がっているのか?
ダリオ氏は次のように説明している。
今、世界では経済制裁に対する懸念がある。
世界各国の中央銀行が、ロシアに起こったことが自国にも起きるのではないかという懸念を持っている。
ゴールドを買っているのは、世界各国の中央銀行である。
ウクライナ戦争でアメリカはロシアにドル資産の凍結などの経済制裁を行ったが、米国政府はその時に対ロシア制裁に協力しない無関係の国々に向けて経済制裁をちらつかせた。
各国政府がドルの保有を警戒し、徐々に減らし始めた始めたのはそれからである。
そしてドルを避けている国の中央銀行が代わりに準備通貨としてゴールドを買っているのである。金価格がこれほど上がっているのはその資金のためである。ジョニー・ヘイコック氏の解説を思い出したい。
すべての中央銀行が現在ゴールドを外貨準備として増やしているわけではない。増やしているのは東側諸国の中央銀行だ。
中国、ロシア、インド、ブラジル、トルコ、これらは一部で、西側の国もある。だがゴールドを買っている中央銀行の多数派は東側の中央銀行だ。それは西側から東側への権力の移行なのだ。
米国債を溜め込んでいる国と、ゴールドを溜め込んでいる国、これから経済的に勝者となるのはどちらだろうか。
結論
金価格上昇の主な理由は中央銀行による買いである。だが逆に言えば、ドルの価値が懸念される状況で、一般の人々はまだゴールドを買っていないということになる。
だからダリオ氏はドルからゴールドへの資金逃避はここから加速してゆくと考えている。ダリオ氏は次のように述べている。
米国債からゴールドへの資金逃避は自己強化的なトレンドになる。
何故ならば、財政赤字から来る米国債の需要と供給の関係悪化というこれまでに話した問題に加えて、ゴールド買いに伴う米国債売りが米国債の需要と供給を更に悪化させることを意味するからだ。
ダリオ氏の予想では、これから数年で米国債の買い手不足が深刻化し、米国債が下がれば下がるほど米国債からゴールドに逃げてくる人の数が増える状況が出来上がるという。
結局、紙幣は政府によって価値を下げられずにはいられない。それだけの話である。
ダリオ氏の『世界秩序の変化に対処するための原則』を読んだ人であれば、それが歴史的に避けられない帰結であることが常識として理解できるだろう。
ダリオ氏も頭ではそれは分かっていたのだが、ワシントンの政治家たちと話すまではそれを回避しようと頑張っていたのである。