グレアム氏: 株価がインフレで長期的に低迷する理由

引き続き、ウォーレン・バフェット氏のコロンビア大学時代の師として知られるベンジャミン・グレアム氏の有名な著書『賢明なる投資家』から、1970年代のインフレ時代の株価について語っている部分を紹介したい。

インフレ相場における株価

この本は1949年に初版が書かれた本だが、1973年に出版された版(日本語版もこの版である)の序文では、1970年代の世界的な物価高騰の時代における株価の推移について触れている。

前回の記事では、グレアム氏は株式はいつでもどんな高値でも買って良いわけではないということを主張していた。

バフェット氏が心酔し、バリュー投資の祖と呼ばれるグレアム氏はドルコスト平均法を推奨しているが、どんな状況でもインデックスを買い続けるインデックス投資とは明確に違う意見を持っているというわけである。

この序文が書かれた1973年は1970年代のインフレ相場のほんの始まりでしかない時期だが、グレアム氏は既にインフレ相場における株式のパフォーマンスを懸念していた。

インフレ相場と高金利

グレアム氏の懸念はインフレそのものよりも、アメリカで債券の金利が上がったことにある。グレアム氏は次のように述べている。

投資家が対処すべき最大の問題は、国債の金利が大きく上がったことに起因する。1967年後半以来、投資家はもっとも質の高い株式から得られる配当の2倍以上の金利を国債から得られるようになった。

1972年の始めにおいて、国債の金利が7.19%であるのに対し、株式の配当利回りはたった2.76%だ。(ちなみにこの数字は1964年の終わりには4.40%対2.92%だった。)

グレアム氏が言っているのは、金利上昇で国債が投資対象として魅力的になったということである。グレアム氏はこの本で基本的には株式投資を薦めているが、初版が出版された時には米国株はもっと魅力的だったという。

グレアム氏は次のように続けている。

この本を書いた1949年にはこれらの数字はまったくの反対で、国債の金利が2.66%であるのに対し株式の配当利回りが6.82%だったことはほとんど嘘のようだ。

株式投資を推奨しない株式投資の本

結果として1973年の版では、この本は基本的には株式投資の本であるにもかかわらず、グレアム氏は次のように言っている。

これまでの版では、保守的な投資家にはポートフォリオの少なくとも25%を株式に投資するよう推奨し、一般的には株式と債券の比率を半々にするように薦めてきた。

しかし今では、債券投資が株式よりも大きく有利な今の状況を活かし、ポートフォリオのすべてを債券にすべきかどうか考えなければならない。

もちろん債券も期間の長いものであれば価格下落のダメージを受けてしまうため、短期債か、一番良いのは預金で高金利を受け取り続けることだろう。

株式投資の本としてこれで良いのかと思ってしまう内容だが、実際にはこれで良かった。

グレアム氏は株式投資の本で株式投資を推奨しないまま、1976年に永眠する。だが1970年代の米国株は結局どうなったか。米国株は債券や預金の高い利回りに勝つことができず、1973年に株価がほぼ半分になった暴落の時期を含め、およそ15年間をほぼ横ばいで過ごしている。

しかもこの間物価は3倍になっているので、実質的には米国株の価値は3分の1になった上に、高金利が付いていた短期債や預金のパフォーマンスにボロ負けしたのである。

結論

ちなみに現在のアメリカの政策金利は4.25%であり、アメリカの代表的な配当株であるP&Gの配当利回りは2.71%である。

年末に同じ理屈で現在の米国株のバリュエーションを批評したデイヴィッド・ローゼンバーグ氏の議論を以下の記事に載せている。当時から株価は上がったが、金利は下がったので、米国株のバリュエーションは当時とそれほど変わらない状態にある。

何度も言っている通り、株価のバリュエーションは株価の短期的な動向とはほぼ無関係である。短期的な推移については以下に書いたが、むしろ金利低下に反応して株価が上がっているという正常な反応だと考えていることは読者も知っての通りである。

だが一方で、バリュエーションは株式の長期的なパフォーマンスをほぼ決めてしまう。だから1970年代には米国株は短期的には乱高下した一方で、長期的にはグレアム氏は正しかったのである。

グレアム氏はバフェット氏の師であり、バリュー投資の祖として知られる。そしてバリュー投資とは、企業の財務諸表だけを見て割高割安を判断するものと誤解されている。

しかし『賢明なる投資家』を読めば、バリュー投資とはインフレのようなマクロ経済の要素も考慮するものであることが分かる。

ちなみに1970年代にグレアム氏が米国株について警告したように、今度はこれまで何十年も米国株を買い続けた弟子のバフェット氏が米国株に対して懸念を表明している。

その懸念とはドルの下落である。バフェット氏はドルの下落によって米国株の実質的な価値が下がることを懸念している。1970年代にインフレによって米国株の価値が実質的に下がったことと同じである。


賢明なる投資家