バフェット氏: 日本円の下落は容易に予想可能、ドルは「地獄行きの通貨」

Berkshire Hathawayのウォーレン・バフェット氏が株主総会で引退を表明した。ここでは普段はバフェット氏の発言はあまり取り上げていないのだが、最後ということと、重要な発言があったことから、今回は取り上げてみたい。

バフェット氏のグローバルマクロ戦略

バフェット氏は言わずと知れたバリュー投資の雄である。だが、バフェット氏の投資は、実際には単に割安な株を買って長期保有するだけではない。

特に、近年はマクロ情勢を考慮した投資も多かった。最近では三菱商事や三井物産など日本の五大商社に投資をしたことで有名だが、重要なのはこの投資が2020年8月であることである。

2020年の夏と言えば、コロナ初期である。現金給付は発表されていたが、経済はむしろまだ停滞しており、インフレについて話している人はほとんどいなかった。

だがこの時から動いていた人物が2人居た。Bridgewaterのレイ・ダリオ氏と、このバフェット氏である。

ダリオ氏は、現金給付が決定されたことを見るとすぐに、歴史上の覇権国家がインフレと債務過多によって衰退していった事実を詳しく解説する著書『世界秩序の変化に対処するための原則』を書き始めた。

その後、誰もが知っているようにインフレになり、今では金利上昇によってアメリカの債務が問題となっている。

バフェット氏の商社株投資

そしてもう1人のバフェット氏は、2020年の8月に日本の商社株に大幅な投資をした。商社と言えば、原油や天然ガス、金属や農作物など、コモディティ全般の生産と流通に関わる会社である。

そしてその直後、コモディティ銘柄が総じて上昇し始めた。それがインフレの始まりだった。当時、筆者はいち早く記事を書いている。この時からインフレを気にしていた人物はほとんどいないだろう。

つまり、バフェット氏はインフレの時代に備えて商社株を買ったのである。

それはバリュー投資家として知られるバフェット氏の、優れたグローバルマクロ戦略投資である。

だがこの話はそこで終わらない。何故ならば、バフェット氏はこの投資を「日本円で借金して」行なったからである。

日本円の為替ヘッジ

当たり前だが、別にバフェット氏はお金がなかったから日本円で借入したわけではない。日本円で借金をしたことには戦略的意味がある。日本円を借り、そのお金で日本株に投資すると、アメリカ人であるバフェット氏にとっては日本円の下落リスクをヘッジできるからである。

バフェット氏が手持ちのドルを普通に日本円に替えて日本株を買えば、日本円が下がると円建ての商社株の価値も下がってしまう。

だが日本円を借りて日本株を買うと、日本円の下落による損失は、円建ての借金の価値下落によって相殺される。借りた日本円を売って日本株を買っているわけだから、円を空売りしている状態と同じなのである。

バフェット氏はこの借入のことを為替ヘッジだと公言している。バフェット氏は株主総会で次のように言っている。

この日本株のポジションについては為替ヘッジができた。これらの銘柄は50年や100年保有する予定で、日本円で取引されている銘柄だからだ。どうなるか簡単に予想できるだろう。

日本では商社株を50年保有という発言だけが切り取られ、日本人は大喜びしているが、この発言は円の為替ヘッジについての質問に対して行われた。

だから恐ろしいのは「どうなるか簡単に予想できる」とさらりと言っている部分だろう。バフェット氏は、50年後に日本円が紙切れになることをまったく疑っていない。

「地獄行きの通貨」

そして、バフェット氏の通貨に対する懸念はドルに対しても及ぶ。バフェット氏は日本円について十分に話した後に、次のように続けている。

もちろん地獄行きの通貨建ての資産を保有したいとは思わない。そしてそれが米ドルに対するわれわれの大きな懸念だ。

歯に衣着せぬ痛快な発言ではないか。そしてそれは、コロナ後の現金給付を見てインフレの時代が来ると考えたダリオ氏と同じ相場観に基づいたものである。

バフェット氏は次のように説明している。

アメリカの財政政策は恐ろしい。見ての通りだからだ。通貨に問題が起こるようなことをしようとするあらゆる願望が見られる。

コロナ後の金利上昇で米国債には多額の利払いが生じており、米国政府は国債の利払いを新たな国債発行で賄っている。

だが新たな国債が新たな利払いを呼び、国債発行はねずみ算式に増えてゆく。債券市場には大量の米国債が流れ込み、米国債が急落する可能性が懸念されている。

4月の株安の最中に米国債が急落したのは、そういう背景の中で起こったことである。

この米国債の危機はどのように解決されるか? ダリオ氏の『世界秩序の変化に対処するための原則』には結論が書かれている。中央銀行がドルを印刷して米国債を買い支えるしかない。

そしてドル紙幣の価値が紙切れになる。

政府と通貨の価値下落

ダリオ氏は『世界秩序の変化に対処するための原則』において、ドル以前に基軸通貨だった大英帝国のポンドなども含め、歴史上すべての通貨は政府によって価値を下落させられてきたということを解説している。

コロナ後にそんな本を書いたのは、ドルが同じ状況に陥るとダリオ氏が予想しているからである。

そして奇しくもバフェット氏は同じことを言っている。バフェット氏は次のように述べている。

政府が通貨の価値を下落させようとする傾向は、制度などによって防ぐことができない。どんな独裁者でも政治家でも連れてくることはできるが、結局は通貨を弱める圧力がかかる。

経済学なり何なりを学んだところで、誰かが通貨の支配権を握れば、紙幣を印刷し、何世紀も前に行われたように通貨の価値を下げることになる。

それが政治家の本質らしい。政治家が邪悪な人間だとか言いたいわけではない。だが、通貨を長期的に無価値にすることが政府にとって自然なことであるようだ。そしてそれは重大な結果をもたらす。

債務は持続不可能である。解決策は、最終的には中央銀行による国債買い入れしかない。そして通貨は常に犠牲になってゆく。

少なくとも、投資家はそれを予想して資産を逃がすことはできる。だから筆者は去年から何度もゴールドに関する記事を書いてきたのである。

ダリオ氏が『世界秩序の変化に対処するための原則』で解説しているように、通貨下落は長期的には歴史的現象であり、それが仮に大統領であっても、個人の力で変えることは至難の業である。

世界最高のバリュー投資家として知られるバフェット氏が、グローバルマクロ戦略の大家であるダリオ氏とまったく同じ結論に至っているというのは、興味深いことである。


世界秩序の変化に対処するための原則