引き続き、Berkshire Hathawayの株主総会より、ウォーレン・バフェット氏の発言を紹介したい。
今回は、アメリカの財政赤字の問題について述べている部分を取り上げる。
マスク氏の政府支出削減
バフェット氏は株主総会で様々なテーマについて質問されているが、その中の1つはアメリカの財政赤字の問題である。
アメリカではコロナ後の現金給付によるインフレと金利上昇で、米国債の利払いが急増しており、米国政府は国債の利払いを新たな国債の発行で賄う自転車操業に陥っている。
そこで出てきたのが、イーロン・マスク氏率いるDOGE(政府効率化省)による政府支出の削減である。
以下の記事では、マスク氏による政府支出削減で、公共事業を請け負っていたコンサル企業の株価が暴落している様子を報じておいた。日本で言う電通やパソナのような存在である。
だが多数の政府職員が解雇されていることで、アメリカ国内ではDOGEの受けは悪く、マスク氏への怨恨からTeslaの車が襲われる事態となっている。
財政赤字の問題からは逃げられない
世間一般の受けは悪いマスク氏のDOGEだが、バフェット氏はどう思っているのか。質問を受けたバフェット氏は次のように述べている。
政府の歳入と歳出をどうコントロールするかという問題は、これまで十分に解決されたことがない問題で、多くの文明を劇的に傷つけてきた。そしてアメリカもその問題からは逃れられない。
「 文明」という言い方が興味深い。財政赤字の問題は歴史的問題である。Bridgewaterのレイ・ダリオ氏が著書『世界秩序の変化に対処するための原則』で詳しく解説しているように、歴史上の大国のほとんどすべてが債務過多とその結果のインフレによって衰退してきた。
バフェット氏は明らかにダリオ氏と同じ見方をしている。「アメリカもその問題からは逃れられない」というところまで同じである。バフェット氏は次のように続けている。
アメリカはその問題に近づいている。アメリカの財政赤字は長期的には持続不可能だ。長期というのが2年か20年かは分からないが。
財政危機のタイミング
トランプ政権は政府支出の削減と関税による増収によって、財政赤字の問題に取り組もうとしている。だがそれによって危機のタイミングを早めてしまったかもしれない。
4月の株安で、米国株と米国債とドルがすべて同時に下落するという危機的状況が起こりかけたからである。
結局、問題を延期するだけならば赤字をそのままにしておくのが良いのである。しかしその代わり問題は文字通りねずみ算式に膨らんでゆく。そうして膨らんだ問題が今、インフレと米国債の下落という問題となってアメリカを襲っている。
40年以上前に似た状況に陥った人物がいる。元Fed(連邦準備制度)議長のポール・ボルカー氏である。ボルカー氏は1970年代の物価高騰を、容赦ない高金利政策によって終わらせた人物である。
バフェット氏は次のように述べている。
ポール・ボルカー氏は一度アメリカがその危機に陥ることから救った。だがその時アメリカは危機に近づいた。これまでそういう場面は何度かあった。
ボルカー氏もまた、まさに今のマスク氏のように、国民からの脅しに直面した。以下の記事で本人が語っているように、ボルカー氏はインフレを終わらせたが、高金利政策は景気後退と大量失業をもたらしたからである。
だが責められるべきは債務を増やした政治家ではないのか。ボルカー氏もマスク氏もその後始末をしているに過ぎない。同じように、日本でもまた責められるのは黒田前日銀総裁ではなく、植田現総裁ということになるのだろう。民衆はつねに責める相手を間違っている。
政府支出削減はやり遂げられるべき
バフェット氏はマスク氏の仕事について次のように述べている。
歳入と歳出の差がGDPの約7%にも広がっている状態で、その差を埋める仕事はわたしはやりたくない。
恐らく3%なら持続可能だろう。だがそれを越えると持続不可能に近づく。
3%という数字は、まさにダリオ氏も持ち出していた数字である。
また、世界的なヘッジファンドマネージャーでもあるスコット・ベッセント財務長官も財政赤字を3%に抑えることを目標としている。
財政赤字をGDPの4%削減するということは、その分お金を使わないということだから、GDPを4%押し下げることに他ならない。
マスク氏が脅しに遭うわけである。その裏で、ばら撒きによってその債務問題を引き起こした政治家や中央銀行家たちはのうのうと生きている。
だからバフェット氏は次のように言う。
その仕事はわたしならばやりたくないが、やらなければならない仕事だ。そして議会はその仕事には向いていないようだ。
結論
やや回りくどいが、バフェット氏は議会に出来ない仕事をやろうとしているマスク氏にエールを送っている。
この場面で聴衆からは拍手が起きた。投資家にはこの問題の本質を理解している人が多く、ばら撒く政治家よりは債務問題を解決する政治家が支持されるのである。
さて、一方で赤字削減がやり遂げられなければどうなるのか? バフェット氏は前回の記事で債務問題がドルの価値を危うくしていると語っていた。
バフェット氏は明らかにドルの下落リスクを気にしている。
アメリカは債務問題を解決し、ドルを救うことが出来るのだろうか。残念ながら、最近発表された予算案では、赤字を削減する姿勢は感じられるものの、4%の削減からは程遠い状況が見て取れる。
ダリオ氏が『世界秩序の変化に対処するための原則』で予想しているドルの長期的下落は避けられないのだろうか。

世界秩序の変化に対処するための原則