ECBのドラギ総裁、長期停滞論を否定

ECB(ヨーロッパ中央銀行)のドラギ総裁がベルリンで講演を行い、ユーロ圏で量的緩和によって実現されている低金利は恒常的なものではないとの発言を行った。先進国経済が長期的な低成長のトレンドに陥っているとする、いわゆる長期停滞論を認めるような講演を先日行ったFed(連邦準備制度)のイエレン議長とは好対照となる。

このドラギ総裁の発言はユーロ圏の長期的な金融政策を占う上で重要となる可能性がある。

ユーロ圏の長期停滞

ロイター(原文英語)によれば、ドラギ総裁は講演の後に行われた質疑応答で、昨今の超低金利は「ニューノーマル(訳注:新たな標準)ではない」とし、「物価の安定が昨今の非伝統的な金融緩和なしに実現できるようになれば、われわれはそうした緩和から手を引くだろう」と述べた。

ECBは現在量的緩和を行っている。ドラギ総裁の発言はECBのテーパリング(緩和縮小)が近日中に行われるということを意味するものではないが、彼がユーロ圏経済の現状をどう認識しているかということは、投資家には重要である。特にドイツ国債の金利が低いことによって、量的緩和を既に終了している米国の金利も低く保たれている現状では、ECBのテーパリングは世界的な金利高騰を招き、世界の金融市場にとって命取りとなる。それは間違いなく量的緩和バブルの終わりである。

ドラギ総裁は「われわれは引き続き、必要とされる強力な金融緩和に尽力してゆく」とも述べており、上記の発言は近日中のテーパリングを示唆するものではない。

しかしながら、ユーロ圏の失業率が下がり、現在のアメリカのようにテーパリングや利上げを行うべきか考慮すべき状況が訪れた場合、ドラギ総裁がその判断を誤る可能性があることを示唆している。先進国の低成長はドラギ総裁の言うような一時的なトレンドではないからである。

こうして見れば、経済学などとは無縁で、ただ資産価格に妄執し、そしてその資産価格に見放された黒田総裁や、上記のように新たな経済的状況を認識できず、結局は時代遅れの経済学から脱していないドラギ総裁に比べ、Fedのイエレン議長は明らかな潜在成長率の低下をしっかりと認識し、その原因を学術的努力によって探ろうとしている。

その真摯な努力は以下に紹介した講演内容に如実に表れている。彼女は長期停滞に気付くのが遅かったが、それでもそれを挽回しようとしている。ECBは更に時間がかかるだろう。日銀は既に経済学などとは無縁である。

ユーロ圏の長期見通し

ドラギ総裁は「通貨統合や銀行同盟が完全なものでなければ、ユーロ圏は脆弱なものであり続けるだろう」とも述べている。共通通貨ユーロの持つ欠陥を指摘しているのである。国債買い入れに限界があるのは日銀もECBも同じだが、投資家としてユーロのリバウンドを狙いにくいのは、ユーロがその欠陥により下落する可能性を排除できないからである。以下はユーロドルのチャートである。

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ただ、ドラギ総裁は通貨統合や銀行システムの統合には言及したが、ユーロ圏に一番必要な同盟について言及を避けた。それは共通の財務省の創設である。ジョージ・ソロス氏らがもう長年指摘している通り、財政統合なき金融政策の共有はギリシャやイタリアなどユーロ圏の中で比較的弱い経済に対して致命的な影響をもたらす。

つまり、南欧諸国にとって高過ぎる共通通貨ユーロは、イタリアの輸出産業やギリシャの観光産業に大損害を与え、結果としてこれらの国の財政を急速に悪化させるということである。

しかしドラギ総裁は財務的統合には言及しなかった。ドイツが睨みを利かせているからである。ドイツの輸出産業はドイツにとって弱い共通通貨ユーロの恩恵を受けており、ドイツは為替レートの恩恵を受ける気はあっても、その結果生じるユーロ圏の財政問題の責任を負うつもりはない。

ユーロ圏とはドイツが南欧諸国から資金を吸収するシステムなのであり、この致命的な欠陥は行き着くところまで行かなければ改善されないだろう。イギリスのEU離脱はその一歩だが、何千歩も必要な内のただの一歩である。

結論

ユーロ圏について投資家が気を配らなければならないことは大きく二つある。一つはテーパリングの時期であり、もし緩和縮小が始まれば世界の金融市場への影響は甚大である。

そしてもう一つはユーロ圏の根本的問題が何も解決していないということである。恐らくドイツが誤りを認めることはないだろう。だからユーロ圏は行き着くところまで行かねばならないのである。