明らかに長期停滞論を意識しているイエレン議長

フィッシャー副議長に続き、次はイエレン議長である。アメリカの利上げが議論されるなかで、わたしが2015年末から主張し続けてきたアメリカ経済の長期的減速トレンドが、Fed(連邦準備制度)の高官たちによってようやく認識されようとしている。

バーナンキ前議長やECB(欧州中央銀行)ドラギ総裁を教え子に持つことで知られるフィッシャー副議長が、アメリカ経済は長期的な減速局面にあるとするいわゆる「長期停滞論」に言及したことは既に報じたが、今度はイエレン議長である。

イエレン議長はボストン連銀が主宰する会議で講演を行った(原文英語)。昨今の経済減速は金融危機の余韻が続いているものであるとして分析する内容であり、タイトルは「金融危機後のマクロ経済研究」となっている。イエレン議長が2008年のリーマンショックを意識していることが伺える。

非常に真面目な講演内容

講演の内容は、非常に学術的に真面目なものであり、2008年以降弱まった経済成長を何とか分析しようとするイエレン議長の意志が伝わってくる。その背景には、回復した労働市場に反して減速してゆくアメリカのGDP成長率がある。

Fedの従来の経済モデルは、失業率が低くなり、消費者に賃金が行き渡れば、消費者はお金を使うようになり、インフレ率が上がってゆくというものであったが、現実はそうなっていない。Fedの内部でも、古いモデルに固執する層が早期の利上げを提言している。

しかしイエレン議長はアメリカ経済の弱さを見つめている。彼女が主に考察するのは、2008年の金融危機がその余韻をアメリカ経済に残しており、そのために経済回復が遅れているのではないかという点である。彼女はこう語る。

近年の研究では、歴史的に、深刻で根の深い景気後退はその後も経済に長期的な影響をもたらすということが示されている。(中略)アメリカの場合、経済における生産量の水準が、金融危機前に想定されていたものよりも7%も低いものになっているとする研究もある。

経済の潜在成長率が低くなっているとすれば、それは当然金融政策にも影響する。イエレン議長は低金利政策を長らくそのままにすることを示唆するようなことも発言している。

深刻な景気後退のあと、その余韻が現在においても続いているということが事実であるとすれば、次の疑問は当然、経済の供給側に残る悪影響を、旺盛な需要と活発な労働市場からなる「高圧力経済」を一時的に容認することで消し去ることが出来るかということである。

一方でFedはいまだ利上げを主張しているが、利上げをするほど経済が強いのであれば、イエレン議長がこのようなテーマで講演を行う理由は何なのだろうか?

フィッシャー副議長が象徴するFedの内部対立

Fedの内部がどうなっているかを知るためには、フィッシャー副議長を見れば良い。彼は内部に存在する異なった意見を両方取り上げ、バランスを取ろうとしている。

長期停滞論に言及した上記の記事以外に、最近の発言で言えば、アメリカ経済は「雇用とインフレの目標に非常に近い」とした一方で、利上げに向かうのは「そう簡単ではない」と述べている。

これは両方とも事実である。アメリカの労働市場が回復していること自体は異論の余地のないことであり、また利上げが「そう簡単ではない」のも事実である。フィッシャー副議長はFed内のハト派とタカ派の主張の正しい部分を両方取り上げることで、調整役になろうとしているのである。

イエレン議長の心中

しかし、Fed内部がどのように割れようとも、一番重要であるのはイエレン議長の思惑だろう。彼女は何を考えているのか? 今回の講演でわざわざ金融危機について持ち出したからには、2008年に彼女がサンフランシスコ連銀総裁であった時の意思決定の失敗について、同じ失敗をするのではないかと気が気でないはずである。

リーマンショック直前の2008年前半、Fedは金利を5.25%から2%に利下げし、当時のイエレン氏はこれを「緩和的」な状態であると呼んだ。金融緩和がそれで十分であると踏んだのだが、結果バブルは崩壊し、金利はすぐにゼロまで引き下げられ、その上量的緩和を開始することになる。

当時のイエレン議長のコメントや、株価の様子などは以下の記事で詳しく説明しておいた。表立っては言わないが、イエレン議長は当時のことを思い出していることだろう。状況が似ているからである。

わたしがアメリカ経済の減速を予想してから10ヶ月、Fedがようやくその見方に追いつこうとしている。12月の利上げまでにFedは決心を固めることが出来るだろうか? それはやはり、次のGDP統計次第だろう。