フィッシャー副議長がついに長期停滞論に言及、利上げと低金利継続で割れる理事会を象徴

10月5日、Fed(連邦準備制度)のフィッシャー副議長がニューヨークで講演(原文英語)し、アメリカ経済の恒常的停滞の可能性、つまり米国元財務長官ラリー・サマーズ氏が主張する長期停滞のリスクに言及した。

つい先日、サマーズ氏がブログでFedは世界経済の長期停滞を認めるべきだと主張しており、サマーズ氏の名前を挙げて長期停滞のリスクに言及したフィッシャー副議長はそれに明確に答えた形となる。アメリカ経済の長期停滞についてはこれまでブレイナード理事などが言及してきたが、フィッシャー副議長はバーナンキ元議長やECBのドラギ総裁らを教え子に持つことで知られ、影響力の強いフィッシャー氏がそのリスクについて明言したことは今後のアメリカの利上げ観測を占う上で大きな事項であると言える。

サマーズ氏の長期停滞論

長期停滞論の旗手であるサマーズ氏がブログでFedに注文を出したのは9月30日のことであった。サマーズ氏は以下のように書いている。

Fedは中立金利がいまやゼロ近傍であり、将来的にも当面の間2%以下に留まるということを認めなければならない。(中略)Fedはこれまで市場が予期するよりもかなり強い金融引き締めの予想を示し続け、そして市場に無視され、しかも結果的にはいつも市場のほうが正しいということを長年続けたことによって市場の信頼を失っている

これに対し、フィッシャー氏はどう答えたか? ほとんどサマーズ氏の記事に対する返答のような内容で、講演のなかでは以下のように話している。

昨今の研究によれば実質金利とGDP成長率には長期的な相関があり、したがって均衡実質金利の長期的下落は経済の潜在成長率がかなり低下していることを示唆するものである可能性がある。この懸案は、ラリー・サマーズ氏が提唱する長期停滞の再来仮説において重要な役割を果たしている。

均衡実質金利(中立金利)とは需要と供給が均衡状態になり、緩和にも引き締めにも偏りすぎないような中立的な実質金利のことである。この中立金利は長期的には経済の潜在成長率と近似すると言われている。この辺りはバーナンキ前議長がブログで詳細に解説している。

フィッシャー氏はこうした長期停滞に対し対策を考えなければならないと主張する。

均衡実質金利の低下が今後数年の経済に意味するものを考慮すれば、そうした停滞をもたらす経済的圧力と、そしてどうすればそれに抗うことが出来るかという点について、よく考えるべきだろう。

しかしながら、中立金利の低下に中央銀行が対抗できるとすれば、それは利下げと量的緩和で市場の金利を人工的に低下させることである。それはジョージ・ソロス氏らファンドマネージャーが長らく予期していた金融政策の転換である。

フィッシャー氏は講演のなかで低金利を続けることの危険性にも言及しているが、そう言いながらも中立金利の低下を認めなければならない状態は、やはり量的緩和バブルと低成長の板挟みとなっている中央銀行の現状をよく物語っている。Fedの内部でも意見が割れており、クリーブランド連銀総裁のメスター氏やボストン連銀総裁ローゼングレン氏などは利上げ強行を主張しているが、一方で今回フィッシャー氏が長期停滞を認めるなど、アメリカの金融政策は過渡期にある。

金融政策の限界

利上げ派と慎重派の意見はそれぞれ共に一理あるのである。このような状況に対し、フィッシャー氏は金融政策以外の部分に助けを求める。

生産性と長期の潜在成長率を向上させるための方策は中央銀行の行動のなかに見出すよりも、効率的な財政政策や規制のなかに見出す方が現実的だろう。

しかしこの主張も無理筋である。金利の低下は1980年から恒常的に起こっていることであり、その間35年間財政政策や規制の本質に何か特別な変化があったわけではない。

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この長期停滞の原因は短期的な財政出動や規制緩和でどうこう出来るものではなく、より根源的な問題に根ざしているのである。それはラリー・サマーズ氏によれば労働人口の減少などの人口動態であり、世界最大のヘッジファンド運用者であるレイ・ダリオ氏によれば債務膨張に依存してきたこれまでの経済成長が限界に達しつつあるからである。

恒常的な低成長による実質金利の低下予測をめぐっては、金相場において投機筋が意見と資金を戦わせている。金相場は実質金利と反相関で動くため、金利が下がると読む層が金を買う一方で、利上げを予想する層が金を投げ売りしている。

投資家にとって、マクロ経済学の最新の議題を巡って中央銀行と金融市場を舞台に戦えることほど賭けがいのある投資はなかなかないだろう。アメリカ利上げは成功するだろうか? 読者はどう思うだろうか? 決着はあと1年足らずではっきりとするだろう。楽しみに待ちたいと思う。