個人投資家が勝てない理由をファンドマネージャーの視点から説明する

多くの個人投資家が勝てない理由はいくつかある。株式市場は上がるか下がるかなのだから、勝率は大体5割くらいになるのではないかと思う読者もあるかもしれないが、そうはならないのである。感情に支配され、必要な情報を知らない投資家はかなりの確率で損をする。そしてその損失分が機関投資家の利益となっているのである。

この記事では多くの個人投資家が勝てない理由のうち、初歩的なものから実践的なものまでを順番に説明してゆきたい。

高く買って安く売る

先ずは一番単純なものから見てゆこう。これは自分で取引をする投資家に限らず、銀行から投資信託を押し売りされている層にも当てはまることであるが、よく物を考えず、上がっているから買い、下がったから売る投資家は十中八九損をする。

投資とは安く買い、高く売るものであるから、その逆の投資方針を考えなしに自ら進んで行えば、自分で資金を投げ捨てているのと同じである。上がっているものに乗りたいと思い、下がっているものからは降りたいと思うのは多くの人の性かもしれないが、投資はそれほど単純なものではないのである。

しかし数で言えば、何らかの金融資産を持っていてこのレベルを離脱出来ていない層は実は全体の8割くらいにのぼるのではないか。投資の難しさというよりは、投資をしないことのいかに難しいかである。

迷信を信じている

例えば一目均衡表などである。チャート上に何か雲のようなものが現れて、それが株価を支えてくれるような気がするというのは、まともな思考が必要ではないから楽な話なのだが、それはそういう気がするだけである。そもそも何故そうなるのかを自分で論理的に説明できない理論に自分の資金を賭けてはならない。

こうした投資家はこういう2秒で何かが分かった気になるような話を勉強して勉強した気になるのではなく、投資にはマクロ経済学やファイナンス理論などの地味で地道な知識が必要だという現実を認識し、地道な勉強をしなければならない。それでもチャートの形から次の動向が何となく予測できるような気がする人は、以下の記事を読んでほしい。

必要な情報を把握していない

次は情報である。市場参加者はある程度同じ情報を共有しながら、その解釈や予測で他の参加者の先を行って利益を得るものだが、そもそも他の市場参加者の知っている情報を知らなければ、スタートラインにも立てていないことになる。

個別株に投資しているのに決算を読んでいなかったり、航空株に投資をしているのに原油価格をチェックしていないなどは序の口だが、ドル円を取引しているのにユーロドルやポンドドルなど他の通貨とドルの関係を見ず、何がドル高で何が円安なのかを区別出来ていなかったり、ハンバーガーチェーン株を取引しているのに生牛先物をチェックしていないなどは、心当たりのある日本の投資家は結構居るのではないか。そもそも生牛先物の存在を知っている日本の投資家がどれほどいるのか。

ジム・ロジャーズ氏は『マーケットの魔術師』におけるインタビューで「インドネシアのパーム油がどうなっているかを知らずにアメリカの製鉄株にどうやって投資できるだろうか?」と言ったが、これは至言である。すべては繋がっているのであり、まともな投資をしようと思えば、結局すべてを見ざるを得ない。


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ベータに頼りすぎている

ある株が上がった時に市場全体が上がったから上がったのか、銘柄選びが良かったから上がったのかを区別することは重要である。前者はベータと呼ばれ、後者はアルファと呼ばれるのだが、ベータはインデックスファンド、アルファはヘッジファンドの領域と大雑把には分類されている。

多くのヘッジファンドマネージャーとは違い、わたし個人はアルファかベータかに拘っていない。むしろどちらかに拘り過ぎることが問題だと考えている。とりわけベータに頼りすぎた場合、例えば金融危機が起こった場合には市場と心中することになる。ヘッジファンドであればそのようなことはない。買い、空売り、オプション売買と自由自在だからである。

わたしはこの意味でウォーレン・バフェット氏をさほど尊敬していない。彼が長期的にどれだけ優れたリターンを上げようとも、自分の資産を彼に預けたいとは思わない。彼のBerkshire Hathawayの株価は、リーマンショックのあった2008年前後に一度半値近くまで落ち込んでいる。

どれだけ長期的に上がっていると言っても中期で半値になるというのはかなりのリスクである。わたしの運用成績がそれほど急激な落ち込みを経験したことは一度もないし、それを経験してしまうようなポートフォリオの組み方は絶対にしない。バフェット氏の運用成績は絶対値で見れば高いが、リスク調整後のリターンで考えればそれほどでもないはずであり、その意味では過大評価なのである。

リスクを計算出来ていない

リスクの計算は多かれ少なかれ数学とファイナンスの分野であり、これは単に必要な勉強をしたかどうかの問題である。しかし単に個別株をいくらか持つだけの単純なポートフォリオでも、ベータ値などファイナンスに関する基礎知識が本当は必要なのだという事実を知っておいて損はないだろう。

例えば、2つの銘柄に同じ資金を投資しても、リスクが同じであるとは限らない。インデックスが10%上がれば20%上がる銘柄もあれば、5%しか上がらない銘柄もある。インデックスの変動に対するこうした感応度をベータ値と言い、ポートフォリオ全体が株式市場の変動にどれほど敏感に反応するか(エクスポージャがどの程度か)を計算するためには、ポートフォリオ内の各銘柄のベータ値を考慮しながらリスクを考えてゆく。

つまりは、ベータ値を見ずに個別株を集めてゆくと、例えば株式100万円分のポートフォリオを組んだ気になっていても、ベータ値の高いものばかりを集めてしまった場合には、インデックスを200万円買ったのと同じだけのリスクを知らず知らずのうちに抱えてしまっているということがある。リスクの大きさは金額の絶対値とは別物なのである。

また、異なる市場で同じリスクを抱えてしまっているということも起こりうる。ドル円と日本の輸出株に同時に投資することは、実際にはドル円に二重に賭けていることになる。原油の空売りと航空株の買いもある程度重複している。つまり、原油へのエクスポージャを考えるときには、本来は航空株のポジションをも考慮しなければならないということである。

リスク管理とは本当は非常に複雑であり、現代のファイナンス理論をすべて駆使したとしても実は完全なリスク管理は不可能なのだが、基礎さえ知らなければどれほどリスクに対して無頓着になるかは分かってもらえたかと思う。

結論

個人投資家が陥りやすいミスには、直ぐに直せるものもあれば、ある程度の勉強を必要とするものもある。機関投資家であってもミスはするものであり、それを日々修正しながらより良い投資家になってゆくのである。

ジョージ・ソロス氏の『ソロスの錬金術』のなかに書かれた彼のトレード日記を見れば、ソロス氏でさえもミスをするのだということが分かる。しかし重要なのはそれをどう修正し、同じミスをどう回避するかということである。

すべてのミスに有効な原則が一つある。分からないものには投資をしないということである。最初の方に投資をしないことの難しさについて書いたが、これを乗り越えることが何よりも重要なのである。


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