2016年アメリカ大統領選候補ドナルド・トランプ氏の政策と日本への影響

2016年のアメリカ大統領選挙に出馬している共和党候補のドナルド・トランプ氏の政策および選挙公約について纏めてみたい。

保護貿易推進

先ず、トランプ氏はかなり強引な保護貿易の推進者である。その主張は極端であり、例えば彼は、米国で製品を製造していないとしてAppleを非難し、彼らに外国ではなくアメリカで「コンピュータやら何やら」を製造させると主張した。(CNBC、原文英語

また、同様にメキシコの工場で自動車を生産するとしたFordを非難し、Fordのメキシコの工場には40%の関税をかけると主張している。(FORTUNE

こうした政策は米国企業を無用に不利な状況に置き、しかもアメリカの自動車の価格を上昇させて競争力を失わせる要因にしかならないのだが、生産をアメリカ国内で行わせることで雇用を国内に回帰させようという目論見なのだろう。そしてそれがアメリカの低賃金労働者に受けているのである。

また、アメリカに大量の自動車を輸出している日本も批判の対象となっている。以下は彼のTwitterからの引用である。

日本は何百万もの車を関税なしにアメリカに輸出しているというのに、日本はアメリカに対し同じような取引を容認しない。アメリカは困難に直面している。

確かに日本人はアメリカの車を買わない。ちなみに彼の主張は事実錯誤であり、乗用車の日本への輸出は関税ゼロ(実行関税率表)であるのに対し、逆にアメリカへの輸出は2.5%(Importing a Motor Vehicle)の関税の対象となる。

ちなみにアメリカの自動車産業は日本での販売不振を日本の規制のせいだとして長年非難しているが、日本の規制当局はどの規制が障害になっているのか分からないとして困惑している。

日本人ならば分かることだが、日本でアメリカの車が売れないのは、単に魅力がないからである。日本車か欧州車かという選択はあったとしても、アメリカの車はそもそも選択肢に上がることが稀である。規制や関税で価格がどうこうという問題ではないのだが、しかしこうした事実をアメリカ人に分からせるのは可哀想というものである。日本人は遠慮を知っているのである。

TPPおよび通貨切り下げ競争に反対

また、トランプ氏は当然ながらTPPにも反対している。以下は彼のTwitterからの引用である。

TPPはアメリカの産業への攻撃だ。TPPでは日本の為替操作は止められない。TPPは損な取引だ。

ちなみに日本は量的緩和で為替操作をしているが、米国は2008年から同じことを先んじて行っていたのであり、その間日本は円高を甘受していた。アメリカの現在の経済成長はその結果であるとも言える。しかしアメリカの政治家は都合の悪いことを二秒で忘れるように出来ている。イラクに大量破壊兵器は存在しなかったが、そのようなことは何も気にしない程度の国民性である。

しかしTPP反対は日本にとっては朗報かもしれない。未だに全貌が明かされていないTPPだが、上記のように一部の品目を除いて関税は既に世界的に低く保たれているため、交渉の対象は各国の規制を緩和させるところにあると見られ、製薬会社がTPPで大喜びをしているところを見ると、食品などに使われている化学薬品への規制緩和が含まれているのではないかと推測する。

ちなみにアメリカの食肉は、米国食肉協会など畜産団体のロビー活動の成果で抗生物質とホルモン剤まみれとなっており、アメリカ人は自由貿易の名のもとにそれを世界標準にしたいわけである。本当に碌なものを輸出しない国である。

アメリカ人の食の安全に対する感覚はあまりにお粗末であり、わたしが実際にアメリカのスーパーで眼にした注意書きのなかには以下のようなものがある。

これらの野菜には癌またはその他の毒性を引き起こすことで知られる化学薬品が使われています。

消費者が一目見ただけで野菜を買いたくなる素晴らしい広告ではないか。わたしはこれを見たとき自分の目を疑ったが、地元の消費者たちは誰も気に留めていないようであった。

アメリカ人の常識とはその程度のものであり、こうしたものが輸出されないとすれば、日本人は喜ぶべきだろう。戦争においても食品においても、彼らは人を殺して金を儲けることに躊躇のない国民性なのである。

移民反対

話をトランプ氏に戻そう。トランプ氏と言えば反移民で有名である。アメリカでは不法移民に仕事を奪われた低賃金労働者らの鬱憤が溜まっており、トランプ氏の政策はこうした層に受けている。

建国以来、移民が集まることで成長してきたアメリカであるが、今回の選挙でアメリカ国民は遂に数百年続いた原則を覆す選択を取るのだろうか。The Atlanticによると、トランプ氏が大統領になれば、不法移民は一人残らずアメリカから追い出されるということになるらしい。数世紀越しの悲願にネイティブ・アメリカンらは大喜びだろう。

冗談はさておき、トランプ氏はメキシコからカリフォルニアへの国境を超える不法移民を特に批判している。彼曰く、「メキシコ政府は自分たちがもっとも望まない種類の人々をアメリカに押し付けている。彼らの多くは麻薬の売人か強姦犯である」(Business Insider)、更に「メキシコとの国境に壁を築き、その費用をメキシコ政府に払わせる」(CNBC)そうである。

先ず第一にメキシコ政府は費用を払わないだろう。そして第二に、一度入国した不法移民を米国全土から探し出して国外退去させるのは至難の業である。ヨーロッパは、自業自得だが、同様の問題で苦しんでいる。

また、彼は「イスラム教徒の入国を禁止」(The Guardian)し、「シリア難民はすべてシリアに送り返す」(BBC)と言っている。これはシリア難民を積極的に受け入れてきたヨーロッパとは真逆の立場ということになる。

無論西洋のメディアはこうした政策に批判的であるわけだが、中東の問題はそもそもアメリカとヨーロッパが自分で作ったものであり、シリアを自分で空爆しておきながらシリア難民を受け入れるのと、受け入れたシリア難民を戦地に送り返すのとではどちらが狂気の沙汰かは微妙なところだが、いずれにせよ日本は西洋と中東の馬鹿げた争いから離れているのが良い。

シリアから撤退

ちなみにそのシリアに対する政策だが、トランプ氏は他国への軍事介入に否定的であり、シリアについてもロシアに任せておけば良いとしている。彼はこの点についてロシアのプーチン大統領と意気投合している。

トランプ氏のシリア政策についてはこの記事に書いたので、そちらを参照してほしい。

日米安保条約は不平等

また、彼は米国が一方的に日本を守らなければならない日米安保条約を不平等なものとしており、The Japan Timesによれば以下のように述べている。

日本が攻撃を受ければ、米国は即日本を助けに行かねばならない。しかし米国が攻撃を受けても、日本はわれわれを助ける必要はない。これが公平だと言えるだろうか?

正論である。多くの日本人は彼の日米安保条約への意見を脅威だと見なすかもしれないが、しかしこれは実際には日本にとって好機である。

そもそも、トランプ氏を抜きにしても、例えば中国が日本に攻めてきたとして、アメリカが安保条約を根拠として日本の代わりに中国と戦ってくれると本気で信じているのは世界で日本人だけである。

安保条約は解釈次第でどうとでもなる強制力のない条約であり、実際に竹島、色丹および歯舞諸島に対する他国の実効支配をアメリカは黙殺している。そもそもアメリカが戦時に国際法を守らないのは普通のことである。すべてはその時々のアメリカの都合によって決定される。

それでも安保条約の効力を信じているナイーブな日本人には、相手の立場に立ってものを考えるという社交の初歩をお勧めしたい。自分がアメリカ人であるとして、他国である日本のために関係のない自国が中国と戦争をしなければならないという事態をどのように納得できるだろうか? そもそも多くのアメリカ市民は安保条約の存在を知らないのであり、アメリカ人の平均的な教養を考慮すれば、日本が世界地図の上の何処にあるのかさえ知らない国民が多くいるような国なのである。

だとすれば、トランプ氏の台頭は日本国民が安保条約という存在しない幻想から覚め、自分の足で自国の安全保障を考えてゆく足掛かりとなるだろう。安保条約とは精々友好国程度の意味である。

安全保障に関して言えば、日本にはもともと二つの選択肢しかない。スイスのように永世中立という修羅の道(これが何故修羅の道かを理解しない日本人は多い)を行くか、イギリスのように世界的には小国ながらも外交を駆使して安全保障を確保してゆくかである。どちらも日本には向かない選択肢であるが、それでもその二つしかないのである。

日本では、一部の親米の政治家はトランプ氏が大統領になれば慌てふためくだろうが、彼らが何でもアメリカの真似をして、日本があのような酷い国になるのを避けられるとすればそれは良いことである。

アメリカの酷さは食品に関することだけではない。地下鉄で誰かが撃ち殺されても大したニュースにもならない国であることの他には、例えば日本のマイナンバー制度は米国の社会保障番号の真似であり、この行き着く先は日本の投資家にとって悲惨な終着点である。

わたしが口座を開設しているヨーロッパの証券会社では、社会保障番号などの厳格な規制のためにアメリカ人は忌避され、口座を開くことができない。このまま行けば、日本人も同様に世界の市場から閉めだされる可能性は高い。アメリカ人は閉鎖的な中国政府のことを笑えないのであり、日本もそうなりつつある。

その他政策

トランプ氏の政策にはこの他にも減税やオバマケアの撤回などがある。オバマケアは政府主導の保険制度ではなく、民間の保険への加入義務化であり、この強制によって保険の需要が急に高まったため、需給関係の結果保険の価格が高騰し、低賃金労働者は賃金の大半を保険と家賃に取られるような状況となっている。トランプ氏はこの点を批判している。

あとは銃社会の促進などだろうか。2015年のパリの同時多発テロ事件について、市民が銃を持っていたならば状況は変わっていただろうという趣旨の発言を残している。

アメリカの銃社会は全米ライフル協会のロビー活動の結果なのだが、アメリカ人は銃が治安向上に貢献すると本気で信じられる幸福な国民なのである。似た例として、政府の教育の結果、アメリカ人の多くは広島と長崎への原爆投下を正当化する。何というか、彼らは教え込めば何でも信じるのではないか。

トランプ氏とともにアメリカ人が勝手に愚かな方向へ進むのはどうでも良いのだが、考慮すべきは他国への影響と、投資家としてはどのような投資機会が生まれるかである。日本の防衛産業への長期的影響や、各国輸出産業および米国保険会社への影響などは考察に値しそうだが、具体的なことは大統領選がもう少し進んでから考えることにしよう。