イギリスのしたたかな対中外交、中国の習近平主席が「先見的かつ戦略的」と評価

中国の習近平主席がイギリスを訪問している。イギリスは中国の主導するアジアインフラ投資銀行の出資にヨーロッパ諸国で一番最初に名乗りを上げるなど外交面で中国をサポートしており、習近平主席は10月18日、訪英に先立って、イギリスの外交を「先見的かつ戦略的」であり、今回の英国滞在で英中関係が黄金時代に入ることを望むと述べた(ロイター)。

この習近平主席の発言はまったく正しい。イギリスは国を挙げて中国を優先的に扱っていた国であり、政府のみならず国民のなかでも、中国への関心はずっと高かった。もう10年以上も前から、ロンドンで知的階級の社交の場に赴けば、中国の文化に関するレクチャーやセミナーなどが頻繁に行われており、中国経済が巨大になるということを見据えて、経済面のみならず歴史や文化の面からも中国という国を理解しようと努力してきたのである。

しかしながら、イギリスにとって理解しようと努力することは必ずしもその国を好むということではない。今回の習氏の訪英は険悪なムードに終わった訪米とは違い、基本的に和やかなムードで進んでいるが、唯一軋轢が生じたとすれば、それは反中国で知られる次期国王、チャールズ王太子の晩餐会欠席である。

反中チャールズ王太子の晩餐会欠席

英国王室の本音と建前を踏まえた中国への態度は、恐らくイギリスの中国への態度を代表していると言えるだろう。最近王室に加わったキャサリン妃は殊勝にも中国の国旗を意識したとする真紅のドレスで晩餐会に出席したが、その義父であり次期国王であるチャールズ王太子は晩餐会の欠席を表明した。

チャールズ王太子はチベットの熱心な支援者として知られ、北京オリンピックの際も一切の式典に出席しないと宣言するなど中国嫌いで有名である。恐らくはイギリス人の中国への感情も似たようなものではないか。彼らは中国の経済的重要性を理解している。中国に優れた文化があったことも理解している。しかし彼らはまた、中国人が無礼であることも知っており、歴史的にも身を持って体験してきているのである。

三跪九叩頭の礼

読者のうちどれだけが三跪九叩頭の礼をご存知だろうか? これは清朝皇帝に対して臣下が取る儀礼とされたもので、皇帝のまえで跪いて額を三度地面叩きつけるというものを三回繰り返すものである。この儀礼は他国の外交官などにも強要され、相手国の対応は国によって分かれた。

琉球や朝鮮は国が小さく、この野蛮な習慣に屈服するほかなかったようである。日本は何かと理由をつけて回避した。イギリスはどうしたか? これを受け入れなければ外交的な利益が損なわれることは分かっている。しかしイギリスは当然、外交的な損を受け入れてでもこれを回避した。

1793年、イギリスの外交官マッカートニー氏は乾隆帝に謁見した際、三跪九叩頭の礼を要求されたが、皇帝の手に接吻をするイギリス式で通し、目的であった条約締結を果たすことなく帰国した。1816年、アマースト伯爵が三跪九叩頭の礼を要求されるが拒否し、嘉慶帝に謁見することができなかった。

中国外交におけるイギリスの心中

このような無礼を要求されたイギリス人の心中はどうであったか? 彼らはヨーロッパ人のなかでもとりわけ礼儀に厳しい国民であり、しかも国王や皇帝が他人の表面的服従ではなく、人々の敬意の上に成り立たねばならないことを知っている。英国王室や日本の皇室が上記のような挨拶を他人に要求すればどん引きだろうが、特にアマースト伯爵はそうした心中だっただろう。

しかしイギリス人はそうした心境をあからさまに表に出すことをせず、表面的には礼儀を通す。心のなかでは何という野蛮な風習と思いながらも、イギリス流で応じたマッカートニー氏は典型だろう。チャールズ王太子は王室内では変わり者だが、それでも晩餐会を欠席しただけで表立った批判のコメントは出していない。

したがってイギリスは無条件に中国に取り入ろうとしているわけではない。経済的利益を考えているが、超えるべきではない一線も当然に知っており、女王陛下の臣下として他国の靴の底は舐めないが、相手が無礼でも、自国の利益のために必要な外交的態度を取りやめるわけではないということである。このイギリス人の外交姿勢は、キャメロン首相のサウジアラビア外交に関する最近のインタビューでも見ることができる。

対中外交に似たイギリスのサウジアラビア外交

この動画はイギリスのキャメロン首相の外交に関するインタビューであり、そのなかでサウジアラビア外交について語っている。記者はキャメロン首相の外交に批判的疑問を浴びせており、サウジアラビアと親しくする首相に「何故あのような人権が激しく侵害された国と親しくするのか?」と問われ、最初は「サウジアラビアは国連に加盟しており」などと受け流したが、更に詰問され、こう答えた。

「われわれがサウジアラビアと関係を保っているのは安全保障が理由であり、彼らが諜報上有益な情報を提供してくれるからだ。彼らの情報によりイギリスでの爆弾テロが阻止されたという実績もある」。メリットがあるから関係を持っているだけだと公共の場で首相に明言されるサウジアラビア側はどう思うのかとは思うが、これがイギリス外交の本音なのである。

キャメロン首相は次のように続ける。「首相として、そうした国々とはもう関係を持たない、価値観の違う人々とまともなコミュニケーションなど不可能だ、などということは簡単だ。しかしわたしにとっては、英国と英国人の安全保障が優先課題なのである」。イギリスの外交上の成果はこうした原則に基づいている。

傑出したイギリス外交

イギリスは歴史的に外交の非常に優れた国であり、結果としてイギリスはほとんど戦争に負けたことがない。最近では1942年のシンガポールの戦いで日本軍に敗北したことくらいではないか。これはイギリスの軍事力の問題というよりは、情報収集能力と異文化理解に優れているため、負ける側に自国を追い込まないと言った方が正しい。ナポレオン戦争でプロイセンを良いように扱いナポレオンに勝利したウェリントン公爵についても以下の記事で書いた。

一方で、ドイツの対中戦略はより杜撰であり、個人的に知る限り一般的なドイツ人は中国の文化などほとんど知らず、知的階級であっても中国と日本の違いさえほとんど分かっていない。それでいながらアジアインフラ投資銀行の出資額はヨーロッパ諸国のなかで最大であり、一方でイギリスは最初に手を上げて他のヨーロッパ諸国の参加を促し、中国に恩を売ったが、資金自体はあまり出してはいない。引くべきところは引くのである。

ドイツの中国に対する認識は、中国のことはよく分からないが、経済的に重要になるらしいから何かしなければならない、程度の認識でしかなく、10年以上も前から中国を文化的にも理解しようとしてきたイギリスとは大きな差がある。中国経済が崩壊の危機にあるなか、この中国理解はイギリス経済とドイツ経済に大きな影響を与える可能性がある。

イギリスは大混乱の最中にあるEUについても以前より一歩引いており、沈みゆく船に自分を載せないということについては本当に先見の明があると言える。

その意味で習近平主席の「先見的かつ戦略的」という表現は非常に正しいのである。中国の側にしても、英国が自分を心の底から好いているわけではないことを理解している。しかしそれでも、欧米諸国のなかで中国に協力的なイギリスの存在は有難いのである。