ジム・ロジャーズ氏: 株価急落でもまだ「アメリカ売り」にはなっていない

ジョージ・ソロス氏とともにクォンタム・ファンドを創業したことで有名なジム・ロジャーズ氏が、Vantage Marketsによるインタビューで、トランプ政権の関税政策と最近の株価や米国債の下落について語っている。

トランプ政権の関税政策

今年の株式市場は久々に大荒れとなった。その引き金を引いたのは、トランプ政権の関税政策だった。

トランプ政権が関税にこだわった理由は2つある。まず1つは、貿易赤字が財政赤字に繋がることである。

マクロ経済学上、貿易赤字は政府と企業と家計で赤字を分け合う形となる。だから財政赤字で苦しむ米国政府としては、貿易赤字を減らしておきたかった。

アメリカではコロナ後の金利上昇によって米国債の利払いが急増しており、国債の利払いを新たな国債の発行によって賄う自転車操業に陥っている。

また、前のバイデン政権の政策もあって今年には米国債の発行が大量に迫っており、大量の米国債が債券市場に流れ込めば、米国債が急落するリスクが指摘されている。

だから財政赤字に繋がる貿易赤字を減らしておきたかったことが1つ、そしてもう1つは、単に関税が税収になるからである。

上記の財政赤字の問題から、トランプ政権は政府支出を削減し、税収を増やす必要性に駆られている。

だが本来親ビジネス的なトランプ政権としては増税はやりたくない。そこで半分ほどを外国人が負担してくれる関税という税制を選択したのだが、世間からはむしろ全額が国民負担となる消費税や法人税の増税ならばこれほどまで叩かれなかったのではないかと思うほどの叩かれようである。

関税政策は上手く行くか

さて、そうしたトランプ政権の関税政策だが、ロジャーズ氏は自由貿易の支持者であり、次のように述べている。

わたしくらい長く生きているか、歴史を勉強したことのある人なら、貿易戦争や関税は上手く行かないということが分かるはずだ。

少数の人を一時的に助けることはできるかもしれないが、貿易のパターンを変えたりすることはできない。

トランプ氏は関税が世界の貿易を再構成してアメリカに大きな貿易黒字をもたらすと考えているのかもしれないが、わたしの意見ではそれは起こらない。

ロジャーズ氏の論点は正論である。関税が貿易赤字を減らし、税収をもたらすことはあっても、例えばトランプ大統領が交渉によって日本人にアメリカ車を買わせようとしているのは無理筋である。

関税が貿易赤字を減らすのは、単に貿易が減るからであって、トランプ大統領が望むように貿易の形が変わるからではない。

アメリカからの資金逃避

しかし、いずれにしても関税は今の金融市場では大した問題ではない。結局、一番大事なのは財政赤字とそれに伴う米国債の下落リスクの問題であり、最近の相場の動きで言えば、株価が下落した時に米国債が株式と一緒に下落したことである。

普通、先進国の市場では株安時には国債は買われる。経済学者のラリー・サマーズ氏は、その常識に反する今回の動きについて途上国の金融市場のようだと言っていた。

アメリカの債務問題によって、先進国ならば起きないはずのことが起きている。それはまさに、覇権国家アメリカが債務問題によって凋落しかかっている徴候である。

今回の米国債下落は、米国株と米国債とドルが同時に売られる「アメリカ売り」の始まりなのか。

ロジャーズ氏は次のように言っている。

まだ「アメリカ売り」になっているとは思わない。

アメリカは世界史上最大の債務国だから、いずれそうなる。人々がアメリカ売りに走るタイミングは来る。

しかしまだその時ではないというのがロジャーズ氏の見方である。

少なくとも米国株は今のところ反発している。

覇権国家アメリカの終わり

ロジャーズ氏は、今回の株価下落がそのままドル建て資産すべての終わりだとは考えていないようだ。

しかし長期的な話はまた別である。生まれた時からアメリカが覇権国家だった現代人にとって、アメリカが覇権国家から滑り落ちる未来など想像もできないだろうが、ロジャーズ氏はアメリカの前に覇権国家だったイギリスを例に挙げて次のように言っている。

100年前、イギリスは世界でもっとも強力な国だったが、50年後には財政破綻した。そして人々は「イギリス売り」に走った。イギリスはそれまで世界ナンバーワンの国だったにもかかわらずだ。

それでも人々はイギリスから資金を逃さなければならないと知っていた。そして実際にそうした。

大英帝国の終わりの始まりは第1次世界大戦とその後の世界恐慌辺りだろうか。そこから50年ほどかけて大英帝国は基軸通貨の地位と大量の植民地を失い、最終的にはIMFに救済されることになる。

覇権国家の歴史については、Bridgewaterのレイ・ダリオ氏が著書『世界秩序の変化に対処するための原則』で詳しく解説している。

ダリオ氏は奇しくも最近、大英帝国が植民地を失ってゆく過程に言及していた。

外国の戦争から手を引いてゆくアメリカと、植民地から手を引いた大英帝国が重なるのだろう。

覇権国家の寿命

今年に入り、著名投資家たちの言うことがかなり一致してきている。スコット・ベッセント財務長官でさえ、アメリカの財政問題は他国に対するアメリカの軍事的な影響力と密接に関係していることを指摘していた。

そして債券投資家のジェフリー・ガンドラック氏は、過去何十年もの間アメリカに流入し続けてきた資金が、逆にアメリカから流出してゆく危険性を指摘していた。

それはかつての覇権国家、大英帝国が辿った道である。そして上記のダリオ氏は、、アメリカも長期的にはその結末を避けられないと『世界秩序の変化に対処するための原則』で予想している。

結論

ロジャーズ氏は次のように纏めている。

アメリカに関して同じようなタイミングはまだ来ていない。だがそのタイミングはいずれ来ると人々は知っている。アメリカの負債はどんどん増加しているからだ。

危機のバロメーターになるのは、アメリカの長期金利だろう。足元の相場の話をすれば、長期金利はまだトランプ政権に関税の延期を強制した4%台後半という水準からはまだ少しだけ離れている。

ベッセント財務長官の望むように金利が下がってゆくためには米国債の発行減少が必要だが、最近発表されたトランプ政権案にはそれほどの予算削減は見られない。

このまま赤字を削減できないのであれば、金利上昇で株価下落になりかねない。国債市場から壊れてゆくこの状況は、まさにダリオ氏の『世界秩序の変化に対処するための原則』で予想されている覇権国家アメリカの終わりである。

「アメリカ売り」まで果たしてあとどれだけ遠いのか。トランプ政権はかなり窮屈な財政上の綱渡りを強いられている。


世界秩序の変化に対処するための原則