グローバルマクロ戦略によるリスクヘッジの方法

グローバルマクロ戦略とは、マクロ経済情勢の変化に乗じて、為替、株式、債券、商品などに、買い・売りの両面から仕掛ける投資法である。ヘッジ・ファンドが用いる戦略は、市場全体の騰落に極力依存せず、様々なリスクをヘッジしてリターンを上げられることで知られているが、本稿ではグローバルマクロ戦略でどのようにリスクがヘッジできるかを、現在の市場における具体例に則って説明する。

いま欧州ではインフレ率の低下が問題となっており、中央銀行はデフレを回避するため新たな金融緩和に踏み出した。このような状況下では、不動産株を買うことが有効な投資法の一つであるが、これを定式化すると次のようになる。

  • インフレ率低下 -> 金融緩和 -> 不動産株高

しかしながら、この投資には考慮されていないリスクが存在する。例えば、金融緩和が不動産市場に影響を及ぼすよりも早くユーロ安が進行し、輸入物価が上がることによってインフレ率が上昇する。これは中央銀行が金融緩和を止めるインセンティブとなる。

  • インフレ率低下 -> 金融緩和 -> 通貨安 -> 輸入物価高 -> インフレ率上昇 -> 金融引き締め -> 不動産株安

つまりは、インフレ率低下が、実質的に不動産株高と株安の両方に作用していることになる。ここで、ユーロ安による不動産株安のリスクをヘッジするためには、ユーロを空売りするか、ユーロ圏の輸出企業を買う選択肢がある。つまりはこうである。

  • インフレ率低下 -> 金融緩和 -> 通貨安 -> 輸出株高

これでユーロ安による不動産株への悪影響はヘッジされた。基本的に、グローバルマクロによるリスクヘッジとはこのようなものであるが、話はここで終わらない。

不動産株をロングし、ユーロをショートしたあと、投資家は自分のポートフォリオが金融緩和への期待に傾きすぎており、その予測が外れた場合の損失が大きいことに気づくからである。相場の初期はいいが、市場が加熱するにつれ、金融緩和への大きなエクスポージャがリスクとなる。

一部を利益確定するのも手だが、もう一つの方法は、例えば保険株を買うことである。現在の欧州の経済状況では、金融引き締めは需要が回復し、インフレ率が上昇するときに起こるはずであるから、一般的には金利上昇に恩恵を受ける保険セクターは、金融緩和へのエクスポージャを軽減する。保険会社は内需回復にも恩恵を受けるから、欧州の現状には相応しい投資対象だろう。

  • 景気回復 -> インフレ率上昇 -> 金融引き締め -> 金利上昇 -> 保険株高

このように、グローバルマクロでは金融緩和と引き締めなど、相反する予測に同時に投資することがある。このような方法について、ジョージ・ソロスは著書「ソロスの錬金術」で次のように書いている。

  • 一つの仮説にすべてを賭けるというのは、私にはめずらしい行為である。普通は、少なくとも部分的に矛盾する仮説に従って行動している。原則として、妥当性を持つ仮説に基いてつくったポジションは手放さないことにしている。そして新しい仮説に基いて反対方向のポジションを追加する。その結果、調整する必要のある微妙なバランスを適宜調整できるようになる。(第12章 第二実験)

このように、グローバルマクロ戦略では、一つ一つのポジションが適宜リスクを相殺しあうことで全体のリスクを調整し、理想的には資産総額が大きく上下することなく、年率20-30%程度で緩やかに増加してゆく。

ここで一番重要であるのは、個々のポジションがすべて一つの投資として成立しながら、ポートフォリオ全体としても理想的な投資となっていることである。ヘッジのためだけに作られたポジションは、ただ損失を膨らませることになることが多い。マクロとミクロの理想をいかに上手く両立させるかが、グローバルマクロのファンドマネージャーの技術なのである。


新版 ソロスの錬金術