レイ・ダリオ氏、投資にグローバルマクロ戦略が必要な理由を語る

世界最大のヘッジファンドBridgewater創業者のレイ・ダリオ氏がFinimizeのインタビューで、普通の株式投資家からグローバルマクロ戦略のヘッジファンドマネージャーとなった理由と経緯について語っている。

グローバルマクロ戦略

ダリオ氏は世界中の株式、債券、為替、コモディティなどあらゆる銘柄に投資し、レバレッジをかけ買いも空売りもやるというグローバルマクロ戦略のファンドマネージャーとして現役もっとも有名な人物である。

このグローバルマクロ戦略はジョージ・ソロス氏のクォンタム・ファンドが始めたものである。ソロス氏は自著『ソロスの錬金術』でその戦略について丁寧に説明している。

だがダリオ氏は最初からグローバルマクロの投資家だったわけではない。あらゆる資産クラスに関する知識が求められるグローバルマクロ戦略を最初から出来る人などいない。

だから誰でも何らかの資産クラスから始めなければならない。ダリオ氏が最初に投資したのは株式だったそうだ。彼は最初の投資経験について次のように述べている。

12歳の時だった。

ゴルフのキャディーをして、バッグ1つにつき6ドルを得た。バッグを2つ持って12ドルで、50ドル貯まる度に株式市場に投資した。

最初に買った株は当時わたしが知っていた唯一の銘柄で、株価は5ドルより低かった。たくさん買って値上がりすれば大儲けできると思った。

勿論それは馬鹿げた戦略なのだが、当時のわたしはそれを理解していなかった。

誰でも何も知らないところから始める。12歳のダリオ氏はその後大学に行き、そしてウォール街で働き始めた。最初のキャリアではコモディティを担当していたらしい。その辺りのことは以下の記事で報じている。

株式の買い持ちだけでは勝てない時

様々な資産クラスを見るなかで、ダリオ氏は株式市場を予想するためにも他の市場の知識が必要だということに気付くようになる。

多くの個人投資家は単に株式を買い持ちにするだけだろうが、例えばそれは株式全体が長期的に下がる相場では長期的に損失を出すトレードとなってしまう。

例えばダリオ氏は次のように言っている。

1966年から1984年まで米国株の実質リターンはマイナスだった。

1966年(の下げ相場)が1970年の景気後退を引き起こし、それによってアメリカ政府がドル紙幣とゴールドの交換の約束を反故にしなければならなくなった。通貨の減価だ。

それが1970年代の経済状況の原因となった。資産価格は下がり、1973年から1974年の下落相場やオイルショックなどが起こった。

これは1966年から始まり、1970年から1980年にかけてピークを迎えたアメリカのインフレ相場のことである。詳しくは以下の記事で説明しているが、物価の高騰と厳しい利上げによって米国株は実質的にほとんど3分の1の価値になった。

株価を動かすマクロ要因

当たり前だが物価高騰には原油価格の上昇など様々な要因が絡んでいた。株式会社の業績だけではなく、コモディティなど様々な市場や為替要因、インフレ率やGDPなどマクロ経済の状況を考えなければ当時のインフレ相場を生き抜くことは出来なかった。

ソロス氏とともにクォンタム・ファンドを創業したジム・ロジャーズ氏は、著名投資家のインタビュー集『マーケットの魔術師』のなかで次のように言っている。

インドネシアのパーム油がどうなっているかを知らずにアメリカの製鉄株にどうやって投資できるだろうか?

ダリオ氏はこう続けている。

そのときわたしは株価にとってマクロが非常に大きな意味を持つことに気づいた。マクロ要因を理解することが必要だった。

それで株をいつでも買い持ちにするのではなく、空売りもする必要があると学んだ。それがマクロの投資家になった理由だ。マクロの要因がすべてを動かすからだ。

個人投資家には空売りを危険だと思う人が多いかもしれない。だがグローバルマクロの投資家から言わせれば、空売りをしない方が危険である。下げ相場でも勝てる投資家にとっては、買いオンリーという下げ相場でほぼ確実に負ける戦略を取ることは考えられない。長期の下落相場を買い持ちにすることはほとんど死を意味する。

ダリオ氏が言っているのはそういうことである。そして今の投資家にとっての問題は、1970年代の米国株の推移が実証したように、インフレ相場での株式のパフォーマンスは非常に悪いということである。

NISA界隈の人々が株式はインフレに強いと言っているのを目にするが事実に反する完全な出鱈目である。1970年代の相場も勉強したことがないのだろう。


ソロスの錬金術
マーケットの魔術師