IMF、世界経済のソフトランディングを確信

IMF(国際通貨基金)のクリスタリナ・ゲオルギエワ専務理事が、ドバイの世界政府サミットで世界経済に強気の見方を示している。

利上げ後の世界経済

コロナ後の莫大な現金給付によって物価高騰が起こり、各国の中央銀行はインフレを抑えるために金利を上げた。

アメリカでは政策金利はゼロから5.25%まで上昇した。そしてその結果、インフレ率はピーク時の9%から3%台にまで下がっている。

問題は、インフレ率が急激に下がるほどに経済を冷やした大幅利上げが、経済成長率を下げることはないのかということである。

そこでゲオルギエワ氏はIMFの見解を次のように語っている。

過去数十年でもっとも急激な利上げが行われた後、今や世界経済はわれわれが長らく夢見てきたソフトランディングに向かっているとIMFは確信している。

ソフトランディング

インフレ率は6%近くも下がったが、経済成長率はまだそれほど下がっていない。これまで上がった株がこれからも上がると考える人々の考えと同様、人間は素朴にもこれまで起こっていることがこれからも起こると考える生き物なので、経済についてもこの状態が続くと考える人々の間からソフトランディングを期待する声が上がっている。

利上げによってインフレ率が下がっても経済成長率はそれほど下がることはない、それがソフトランディングである。

だが実際にはそれは起こらない。デイビッド・ローゼンバーグ氏が次のように言っていたことを思い出したい。

ソフトランディングとは景気拡大期から景気縮小期への橋渡し、移行期のことだ。

1979年はソフトランディングだった。1980年は景気後退だ。1989年はソフトランディングだった。1990年は景気後退だ。2000年はソフトランディングだった。2001年は景気後退だ。2007年はソフトランディングだった。2008年は景気後退だ。

経済とはこういうサイクルなのだ。

ソフトランディングの正体

ソフトランディングが起きるのではないかという議論は、実際にハードランディングが起きる前年か前々年にほとんど必ず起きるものである。

何故そうなるのか。ここでは何度も説明しているが、インフレ率が下がっているにもかかわらず経済成長率が下がっていない理由は、景気減速局面においてインフレ率が先行指標であり経済成長率が遅行指標だからである。

先行指標は遅行指標よりも先に下落する。インフレ率や住宅価格などは他の指標よりも先に弱まり始める。経済成長率や失業率などはそれよりも後に悪化するので、経済が減速する時には常に、先行指標が減速しているが遅行指標がまだ悪化していない時期が一定期間存在する。

だから20世紀の大経済学者フリードリヒ・フォン・ハイエク氏は、インフレが減速した「あとに」失業の増加が来ると言ったのである。彼は著書『貨幣論集』において、人工的なインフレが減速する時の経済について次のように言っていた。

失業はインフレが加速をやめたときに、過去の誤った政策の帰結として、非常に残念だが不可避の結果として出現せざるをえない。

経済がそうしたフェーズに入る時、この先行指標と遅行指標のからくりを理解している人々は、景気後退に向けて備え始める。しかし単に今起きていることがこれからも起きると素朴に考える人々は、今ソフトランディングだから来年もソフトランディングだと考えるのである。

結論

それがIMFの専務理事の考えの正体である。実際、それは2021年にアメリカでインフレ率が既にかなり上昇していたにもかかわらず、単にこれまでデフレだったというだけの理由でインフレは来ないと言い続けたFed(連邦準備制度)のジェローム・パウエル議長の議論に似ている。

何故このようになってしまうのか。その理由を考えるためには、前回の記事でスタンレー・ドラッケンミラー氏が投資家の人生について次のように語っていたことを思い出したい。

投資の世界には隠れ場所はない。どれだけ言い訳しようとも、損益は常にはっきりしている。

ゴルフなら跳ね方が悪かったとか何とか言い訳が出来るかもしれないが、投資で失敗すれば逃げ場所はない。

投資家は世界経済の動向を予想してその方向に自分の資金を賭ける。そしてもし自分の予想が間違っていた場合、言い訳に意味はない。どれだけ言い訳をしたところで、資金を失うという事実は変わらないからである。

一方でIMFの高官や政治家、中央銀行のトップが経済予想を失敗したところで、彼らは損をしないどころか職を失うことさえなく、同じように税金から給料を貰い続ける。

政府関係者の経済予想がまったく当たらない理由はそこにある。当たらなくても自分に損がないのだから、当てる必要性がない。世界最大のヘッジファンドを創業したレイ・ダリオ氏は「痛み+反省=成長」と口癖のように言っているが、政治家にはそれがないのである。


貨幣論集