世界最大のヘッジファンドBridgewater創業者のレイ・ダリオ氏が、自身のブログでトランプ政権の関税政策についての新たな見解を語っているので紹介したい。
関税と株価の暴落
読者もご存知の通り、トランプ政権の関税政策がきっかけとなり、株式市場は大幅下落した。
株価の下落だけならば気に介していなかったトランプ政権だが、株価と同時に米国債まで下落を始めたことで、関税の延期を余儀なくされた。
関税が延期されたことで、株価は今のところ反発しているが、今後どうなるかである。
米国の株価指数S&P 500のチャートは次のように推移している。

関税問題は解決したのか
これで関税問題は解決し、株価はまた上がってゆくのだろうか。ダリオ氏は次のように述べている。
関税に関する交渉が進み、詳細が熟考されるにしたがって関税のもたらした混乱は収まると信じている人もいるようだが、関税の問題に対応しなければならない多くの企業は、それはもはや手遅れだと言っているし、そうした企業の数は増えている。
世界最大のヘッジファンド創業者であるダリオ氏は、当然ながら実業界の友人が多い。そのダリオ氏は、自分が直接聞いた話として、アメリカと取引のある外国企業の実感を次のように共有している。
例えば、アメリカに向けて輸出する企業やアメリカと取引する他国の輸入業者は、アメリカとの取引を大幅に減らさなければならないと言っている。
関税がどうなるにせよこうした問題は結局なくならず、アメリカとの相互依存を大きく減らすことは計画しておかなければならない現実だと、彼らは認識しているからだ。
アメリカと中国の持続不可能な関係
一番問題となるのは、アメリカにとって最大の貿易パートナーである中国である。
ダリオ氏は次のように述べている。
アメリカと中国の相互依存を最小限に抑え、2国の対立に備えておく必要性は、今や広く認識されている。
ダリオ氏は、アメリカと中国の関係を「相互依存」だと言っている。
それはどういうことか。アメリカは中国に貿易赤字を抱えているのだから、まず中国はアメリカにものを輸出して収入を得ているわけである。
その一方で、中国は米国債の世界で2番目の保有国でもある。(1位は日本である。)
それはつまり、中国はアメリカにお金を貸して自国の商品を買わせているということでもある。中国は要するに、自分のお金で自分の商品を買い、アメリカ人に消費してもらっているということになる。
アメリカの政府債務の問題
勿論、中国はアメリカにお金を貸しているので、それがきちんと返ってくる限り、別に中国はアメリカに自国の商品を奢っているわけではない。
だが問題は、アメリカの債務が返済されない可能性があることである。
債券投資家のジェフリー・ガンドラック氏は次のように指摘していた。
アメリカには211兆ドルの負債があり、それと同時に219兆ドルの企業資産と家計資産、個人事業者などの資産がある。
もし負債が資産より大きくなれば、いわばヘッジファンドが追証を要求されるような状況だ。つまり、すべての資産を時価で売り払っても負債すべてをほとんど返しきれない。
アメリカの債務は、アメリカ人が保有するすべての資産を売り払っても返済が出来ないような状況に近づいている。
今回の株安で、普通株価が下がれば資金逃避で買われるはずの米国債が株価と一緒に下落したことは、米国債への信頼が剥がれかけていることを意味している。
だからダリオ氏は次のように述べている。
世界最大の消費者であり、なおかつその過剰消費の資金繰りのために世界最大の債券の発行者でもあるというアメリカの立場は持続不可能であり、したがってアメリカにお金を貸しながらものを売りつけ、その借金が信用できる(減価されていない)ドルによって返済されるというのはナイーブな考えだ。
アメリカからの逃避
こうした状況は2つの結果をもたらしている。1つはアメリカとの貿易の減少である。
ダリオ氏は次のように言う。
こうした難題を他国に押し付けることで、アメリカが世界中の国々からますます迂回されるリスクが高まっている。また、それらの国々はアメリカからの分離に適応し、新たな貿易経路を開拓するだろう。
そしてもう1つは、ドル資産からの資金逃避である。
米ドルが世界中で買われてきた理由は、ドルが貿易で使われる通貨だからである。
だがアメリカとの貿易が減少すれば、世界中の国々にとってドルで預金しておく理由は減る。そしてドル預金への需要が減るということは、銀行は預金されたドルで米国債を買っているわけだから、米国債への資金流入が減るということでもある。
それは元クレディスイスの天才ゾルタン・ポジャール氏が予想していた、ドルからの逃避による米国債の暴落シナリオである。
株価は反発している。筆者は去年より米国株全体の下落リスクをヘッジするように奨めてきたが、ここから先はヘッジをし損ねた人が米国株に対してニュートラルなポートフォリオを築いておくためのボーナス相場である。
ダリオ氏が著書『世界秩序の変化に対処するための原則』で予想している、アメリカの覇権が崩れてゆくシナリオが少しずつ現実のものとなり始めている。こうしたシナリオは、少し前まで遠い未来のことだと多くの人から思われていたが、彼らは今どう思っているだろうか。

世界秩序の変化に対処するための原則