サマーズ氏: 利下げは新型肺炎相場には効かない、中央銀行は弾切れの危機に

中国武漢発の新型コロナウィルス肺炎で株式市場が急落する中、高名な経済学者でアメリカの元財務長官であるラリー・サマーズ氏がブログで状況について解説している。金融政策の効果については前回の記事で紹介したレイ・ダリオ氏の意見に近い。そして弾切れについては読者もお察しの通りわたしの意見と同じである。

金融政策は有効か

サマーズ氏はこの新型コロナウィルスの流行を「第1次世界大戦後最悪の疫病流行」とした上で、経済対策として金融政策が有効かどうかについては次のように語っている。

残念ながら、現在一番注目を集めているツール、つまり金融政策はこの種の危機に対してあまり有効ではなさそうだ。しかもその使われ方は今後問題を生じさせる可能性が高い。火曜日に中央銀行が決めた利下げは確かに必要なのかもしれないが、フォーカスすべきはもっと別の手段だろう。

アメリカは株価下落を受けて緊急の大幅利下げを行なったところである。

新型コロナウィルス肺炎による経済的影響に利下げは何故効かないのだろうか? サマーズ氏は次のように説明する。

常識が一番重要な論点を教えてくれる。2008年の金融危機のように消費者や企業がローンを払ったり乗り換えたりできずに経済が振るわない場合には、利下げによってローンを利用可能にするのは自然で適切な政策判断である。

しかし企業が生産のために必要な部品を手に入れることができずにGDPが落ち込む場合や、隔離によって人々が仕事に行けない場合、潜在的な消費者が合理的な判断により公共の場を避けるような場合には、金融政策の効果は薄いだろう。

こう読んでみれば当たり前の結論である。ダリオ氏も次のように言っていた。

中央銀行の金融政策に関して言えば、利下げを行ない流動性を増やしたとしても外に出ず買い物に行きたくない人々を外出させることはできない。ゼロ金利に近づくリスクを犯してリスク資産の価格を少し刺激することはできるかもしれないが。

サマーズ氏はこうした考えを「常識」と言っている。経済学では難しい計算よりも実際にはこうした当たり前の思考が重要になることが多い。しかしパニックや政治的バイアスによって多くの人々が当たり前の思考が出来なくなるのが相場というものなのである。

長期停滞論によって先進国の低成長予想を見事に的中させてきたサマーズ氏も、トランプ政権以後の政権批判はほとんど政治的で、経済学的にはあまり価値のないものが多かったので彼のブログはあまり取り上げて来なかった。しかし今回の記事はダリオ氏のように合理的で整理されている。また、彼の長期的停滞論については投資家必読なので、彼について知らない読者は以下の記事を参考にしてほしい。

元財務長官が語る金融政策の限界

さて、そのサマーズ氏はより重要な論点について話を続けている。金融政策の限界である。

その上現在の状況は金融政策の効き目がかなり薄くなっている状況下で起きている。10年物国債の金利が1%に近く、不確実で利下げの余地が限られている場合、パンデミックがなかったとしても金融政策が経済活動をどれだけ支えられるかはかなり不透明である。

サマーズ氏の言うように、アメリカでもついに長期金利が1%を下回った。政策金利の利下げ余地もつい先日2回分を使い切ったのでゼロ金利まであと4回分しか残っていない。

日本とヨーロッパだけではなく、アメリカでも追加緩和の余地があまり残っていないのである。この問題についてはサマーズ氏は次のように指摘している。

考えなければならない戦術的問題もある。中央銀行家にとって難しいのは、使えるツールの力が通常考えられるよりも限られる場合である。このような場合には限られるツールを使い切って弾切れを証明するよりも、金融政策をダモクレスの剣(訳注:天井に細い糸で吊るされていつ落ちてくるか分からない剣のたとえ)のように使うほうが有効だろう。銃弾が最後の1つなら撃ってはならないということだ。

この論点は筆者の意見と完全に同じである。以下の記事で次のように書いたことを思い出してもらいたい。

今後の金融市場にとっての最大のリスクは世界中の中央銀行が緩和の手段を完全に使い果たしてしまうことだと以前に書いたことを思い出してもらいたい。利下げと量的緩和だけで2008年の底値から爆発的に上昇してきた相場がその燃料を使い果たしてしまえばどうなるだろうか?

それはこれまで金融緩和で上がってきた株式市場にとって死の接吻となる可能性が高い。新型肺炎よりも世界中で金融緩和の余地が無くなってしまうことの方がよほど危機的なのである。2008年以来の株価上昇に終わりが来る可能性があるからである。

金融市場の反応

さて、ダリオ氏もサマーズ氏も利下げは効かないと言っているが、相場の動向はどうなっているだろうか? 以下は米国の株価指数S&P 500のチャートである。

午前に利下げが行われた火曜日は急落、水曜日は反発し、木曜日は再び大幅下落となった。利下げは少なくとも短期的には効いているとは言い難いようである。

以前にも言ったように、このまま利下げが効かない相場になるのだとすれば投資家にとっては簡単な相場となる。ウィルス流行のピークが株価にとって目先の底となるからである。ピークが4月前後になるというのは1月から言い続けているので、ここの読者にとっては聞き飽きたかもしれない。

一方でドル円にとっても面白い相場となっている。これまでの相場ではなかなか下がらなかったドル円だが、こういう環境では利下げとリスクオフの両方が下げ圧力となるため下落は不可避となる。

少し前の記事でドル円の下落シナリオにも言及しておいた。新型肺炎相場との関連についてはそこで説明してあるので参考にしてほしい。2月に意味もなく2円も上がった時から予感はしていたが、果たしてその通りとなった。